過去の説教

過去の説教 · 2023/11/27
自宅の書斎の机の上に置いてある本棚の中に、丁度6年前の12月12日の新聞が残っている。その紙面には、その前日にその年のノーベル平和賞の授賞式典が行われ、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(通称ICAN)が平和賞を受賞し、代表としてあのサーロー節子さんによってなされた講演が載っていた。彼女の住む広島の街に原爆が落とされたのは、彼女が13歳の時である。従って彼女は克明にその日の朝8時15分に起こったことを覚えておられた。講演の中で彼女はこのように語っている。「一発の爆弾で広島の街は完全に破壊され、一般市民の殆どが燃えて灰と化し、煙となって蒸発し、黒焦げの炭となりました。その中には私の家族や、351人の同級生もいました」と。「その後、数週間、数カ月、数年に亘って何千人もの人たちが放射能の影響によって次々と不可解な死を遂げ、今もなお、放射線は被爆者たちの命を奪い続けています」と。
過去の説教 · 2023/11/21
手紙の冒頭で手紙の書き手は、いつもコロサイの教会のために祈っていると、コロサイの人々のキリスト・イエスにある信仰と、すべての信仰者たちに対するコロサイの人々の愛について耳にして、父なる神に感謝していると記しています。  書き手は、感謝と賛美だけでなく、他に伝えたいことがありました。キリストだけが教会の頭であると言うことです。教会はキリストの体であるということをコロサイの人々も受け止めていたことでしょう。教会がキリストの体なら、教会の頭がキリストであることは自明のことのようですが、そうとは言い切れないのが人の実態です。
過去の説教 · 2023/11/15
美竹教会が伝道を開始してから92年となりました。この間教会の歴史に貴い軌跡を刻まれた信仰の先達を記念する礼拝を捧げています。特に、この一年、召された方々の生涯に刻まれた主の恵みを共に覚えたいと思います。昨年の永眠者記念礼拝から今日までの間に、Tさん、Wさん、Sさん、三名の教会員の方が召されました。
過去の説教 · 2023/11/07
エフェソの信徒への手紙は、エフェソという街の教会に宛てた手紙です。エフェソは海岸沿いにある商業が盛んな都市で、パウロが数年に渡って滞在し、この街や周囲の地域に福音を宣べ伝えた、初代の教会の歩みにとって重要な拠点の一つでありました。この手紙はエフェソだけでなく、周囲の教会に回覧して読まれることを想定して書かれたとも考えられています。前回まで聞いてきたコリントの信徒への手紙やガラテヤの信徒への手紙が語り掛けていたような、特定の問題を抱えている教会というよりも、様々な状況にある、様々な教会に向けて、誰にとっても大切なことを述べる手紙です。私たちにとっても大切なことが、語られています。
過去の説教 · 2023/10/30
自分のこれまでの生き方は正しいものであった、自分が今目指している方向も間違っていない、そう私たちが思っているとしたら、その根拠は何でしょうか。自分に自信のある人、あまり無い人、その度合いはそれぞれだと思います。「自信」という言葉は、自分の正しさを信じるということ、自分の能力や価値を確信することを意味します。自分が正しいと信じられるとしたら、自分に価値があることを確信できるとしたら、その根拠は何でしょうか。
過去の説教 · 2023/10/23
今年の8月28日。アフガニスタンの首都カブールで、日本のアフガニスタン大使とFAO(国連食糧農業機関)のアフガニスタン代表とによる、ある署名式が行われた。何のための署名かというと、アフガニスタンではアメリカ軍が撤退したおととしからは、イスラム原理主義組織タリバンが再び政権を握っているが、長引く干ばつの対策まで手が回らず、それによって農作物の収穫に影響が出て、現地では今なお深刻な食糧不足が続いている。そこで、日本政府が無償の資金協力を申し出て、医師の中村哲さんが考案した灌漑事業のノウハウを現地に広めることとなり、JICA(国際協力事業団)とFAOが手を組んでアフガンの農業を復活させ、困難な危機の克服を目指す、その為の署名式だった。
過去の説教 · 2023/10/17
パウロは、自分たちのことを「土の器」と表現します。旧約聖書の表現を受け継いでいます。創世記の創造物語は、神さまが人間を、大地の塵からお造りになったと語ります。預言者イザヤは、陶工によって造られる陶器を通して、人間を語ります。 人々の生活と深く結びついていた陶芸のイメージを用いて、神さまのみ業が語られてきました。パウロの時代も陶器は、水やオリーブ油、食品を入れておく容器として、また食器として、人々の日常生活に欠かせないものでした。
過去の説教 · 2023/10/10
神さまの恵みを何の妨げも無くほめたたえることのできる舌、神さまから託された言葉をもっと真っすぐに、大胆に、世に響くように語る力、神さまのあらゆる秘儀に通じる深い知識、主イエスが山をも移すと言われたような完全な信仰(マルコ11:22~24)を、私も喉から手が出るくらい欲しいと思います。 けれど、何を語っても、何を捧げても、そこに愛が掛けていることがあり得ることを、パウロは聞き手に思い出させます。
過去の説教 · 2023/10/02
 コリントの信徒への手紙一から、1文だけを先ほど聞きました。どれだけ多くの人がこの箇所に励まされてきただろうと思います。私たちが試練の中にある時、思い出される聖書の箇所の一つでありましょう。自分の過去を振り返り、「神は、あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらない」と言う言葉に、本当にそうであったと思うかもしれません。しかしまた、試練の中、ぎりぎりの状態であった時には、本当にそうなのだろうかと、この言葉を受け止めきれなかったこともあったかもしれません。私たちの周りや社会で起きている悲惨な現実と向き合う時、この言葉が力を失っていくように思ったこともあったかもしれません。この文は、本当に苦しんだことの無い者だけに響く、浅い慰めなのでしょうか。
過去の説教 · 2023/09/25
水と油は相いれない。では戦争と平和はどうであろうか。善と悪はどうだろうか。邪悪と正義はどうだろうか。それらが決して相いれないものであることを人間は頭では分かっている。しかし現実を見て欲しい。私たちを取り巻いているのは、邪悪と正義が入り混じったままの世界ではないだろうか。

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