「我らに罪をおかす者を、我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ」という一文は、主の祈りの6つの願いの中でも、とりわけ祈ることに困難を覚えるものではないでしょうか。「我らが赦すごとく」という部分にさしかかるとつい祈る声が小さくなってしまう、歯切れが悪くなってしまう思いを、私たちは味わってきたのではないでしょうか。誰にとっても他者の罪を赦すのは本当に難しいものです。主イエスが私たちに求めておられることの中で、自分に罪をおかしたものを赦すのは、最も難しいことかもしれません。この祈りを、自分のことは脇に置いて祈れたらと願ったことがある人、この祈りが「我らの罪を赦したまえ」だけで、「我らに罪をおかす者を、我らが赦すごとく」と言う言葉は無ければ良かったのにと思ったことがある人は、少なくないのではないでしょうか。
主の祈りは前半で、神さまに直接関わることを祈ります。「み名が崇められますように」、「み国」つまり神さまのご支配が「来ますように」と、二つの願いを祈り、三つめには「み心の天になるごとく、地にも為させたまえ」と願います。それは、イエス・キリストに最も表されている神さまのみ心が、この世界で成し遂げられますように、そのために私たちの発する言葉や行いが、神さまのみ心の実現に参与するものとなるように、との願いです。こうして主の祈りの前半で、私たちが自分の思いからでは生み出すことのできない願い、けれど本来こうあるべき祈りを、主は教えてくださいました。
続いて、自分たちのために祈ることも主は教えてくださいます。後半は、私たちに直接関わる祈りが三つ続きます。最初が日毎の糧のための祈り、次に罪の赦しのための祈り、そして悪からの救いのための祈りが続きます。後半に限っても、このような流れで祈ることは、私たちの思いからではなかなかできないものです。
聖書が何ヶ国語に訳されているか、ご存じだろうか。元々聖書は、一つの言語に統一して書かれたものではない。旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシャ語、というのはご存知の方が多いだろうと思う。ただ、そのヘブライ語やギリシャ語も、今現在使われている現代ヘブライ語、現代ギリシャ語とは違っている。実はそれ以外にも、エズラ記やダニエル書の一部はアラム語で書かれている。因みにイエスは地上の生活においてアラム語をしゃべっていたと言われる。ゲッセマネでイエスが神に「アッバ、父よ」と祈る有名なシーンがあるが、アッバというのはアラム語である。また十字架で主イエスが絶叫した言葉として知られる「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」も、「わが神、わが神、何故我を見捨て給うや」という意味のアラム語である。先ほど読まれた御言葉の中にゴルゴタ、というヘブライ語の地名が出てきたが、これも元々はグルゴルタ、というアラム語がもとになっている。
「み心の天になるごとく、地にもなさせ給え」という主の祈りの言葉を共に受け止めてゆきます。そのために、十字架の死を目前にされた主イエスの言葉に耳を傾けてまいります。
エルサレムの都で弟子たちと最後の晩餐を囲まれた後、主イエスは弟子たちを伴って、都の東側の谷を渡り、オリーブ山の麓のゲッセマネと呼ばれる場所に行かれました。ヨハネによる福音書に、「そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられた」とあります(18:1~2)。ユダの手引きによって、主イエスを逮捕する者たちがやがて現れることを主イエスはご存知です。その時が来るまで、弟子たちと祈るために来られたのです。
私たちがイエス・キリストからどんなに深く愛されているのか、どんなに父なる神の慈しみとみ業に包まれているのか、人の目に明らかなわけではありません。愛されている自分自身ですら、分かっていないところがあります。だから、神さまのご支配はどこにあるのだと問われるような状況に直面すると、揺らぎます。私たち自身も、神さまがおられるなら病気をしなかったのでは、このような困難に見舞われなかったのでは、正しい願いならばその実現が妨げられるはずはなかったのではと、神さまのご支配に疑問が湧き、キリストのみ手を握っていた手に力が入らなくなることがあります。世で力を発揮し、人々に大きな影響を与えているのは神ではない者たちの自己中心的な言動ではないかと、世を支配しているのは結局は人間ではないかと、キリストの手を離してそのような力の方へと手を伸ばし、キリストと言う木から剥がれ落ちてしまいかねない、私たちです。
「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の句を読んだことで知られる正岡子規が死を直前に控えた頃、病床で彼の口から出てくる言葉は回顧ばかりであったと言う。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』の中に子規の最期の場面が詳しく描かれていたが、それによると子規は愛弟子の一人である高浜虚子に対して、伊予なまりで次のようにつぶやいている。
「あしはどういうものか、子供の頃から天然界が好きでな」。
「何故天然の美が好きなのか。あしは子供の頃、美というものがこれほど好きであったのに、我が家は全く殺風景で、家の調度などに美とするものが一つもなかった。いや、かるただけがあった。どがいして、あしはこんな貧乏な家に生まれたかと他の家が羨ましかった。それ故人工の美をあきらめ、花やら雲やら、天然の美に心が移るようになったのか」。
この頃の子規は万事がそのような調子であったらしい。確かに、人間は死期が近づくとなぜか子供の頃を思い起こす、と言うのは良く話である。
主イエスは、神さまにつながって生きる自分たちの拠り所はイエス様だと信じてここまでご自分に従って来た弟子たちが、拠り所であるご自分を見ることができなくなることで、神さまに従う道まで見失うことが無いように、主イエスを拒んだ世の人々から彼らも拒まれる辛さの中でも、真の主、真の神を見失わないように、この晩幾度も、心を騒がせず神さまを信じなさい、ご自分を信じなさい、動揺してはならないと呼び掛けられました
今朝、ご一緒に耳を傾け、心に刻む御言葉は、「神はわれらの逃れ場、我らの力」という詩編46編の御言葉です。「神のみ力とは何か」を共に考えたいと思います。
というのも、私たちの生きるこの世界は、あまりにも不安定であり、多くの人が不安を抱え、落ち着かないまま日々を送っているからでしょう。そのようなときこそ聖書に立ち返り、み言葉に頼り、信仰の励ましをいただきましょう。
祈りについて説き始める5節で、先ず主が言われるのは、「偽善者であってはならない」ということです。「彼らは、人に見てもらおうと」すると言われます。ユダヤの民は日に三度、決められた時に祈ります。定められた時間が来たら、その時居る場所で祈ります。自分が信仰深い者であると人々に思われたくて、会堂や大通りの交差点といった、人の注目を集めやすい場所で敢えて祈る人々を主は目にしてこられたのでしょう。
復活の主との出会いは人それぞれです。例えば空になった墓で、泣きながらかがみこんで空しく覗き込んでいた時に背後から名を呼ばれて振り返って復活の主にまみえたマグダラのマリア。日暮れに伸びてゆく影を引きずるようにして議論しながら歩いていたところに、横に並んで歩まれ、聖書の解き明かしで心に火を点され、エマオの宿でパンをとり祝福してさいて渡してくださった主イエスに出会った弟子たち。パウロの場合は天からの光に照らされて「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と呼びかけられた出会いを証ししました。復活の主イエスとの出会いは、背後からのこともあれば、傍らに伴われた場合も、上から唐突に示されることもある。空しさに涙している時、くぐもる議論のさ中、あるいは激しい怒りと敵意に息巻いていた時にも。今日のトマスの場合は、信じたいけれど違和感をぬぐい切れず、復活された主との出会いがもたらした仲間たちの熱狂と歓喜に身を委ねることができずに煩悶していた時に、まっすぐに前から主イエスご自身が近づいてこられてトマスに手の釘の跡と脇の傷を示しながら出会われました。