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主に倣う者

2026.7.26.主日礼拝

ヨブ2:710、テサロニケ1:6-8

「主に倣う者」浅原一泰

 

スイスにパウル・トゥルニエと言う精神科医がいた。ある本の中で彼がこんなことを書いていた。人格形成において一番重要な手段は、一つの理想像に自分を合わせていくことだ。ある心理学者の友人がそう言った。子供は先ず親を見倣って成長し、年齢が進むにつれて親以外の人に目を向け始め、好きなタイプの人に憧れたりする。そうして子供は自分の理想の人間の真似をしながら性格を形成していくのだと。

しかしやがて、理想とした人間も完全ではなく短所、欠点があることが分かって来る。真似たい人間の中にも「ここだけは真似たくない」と言う一面が見えてくる。失望することのないような理想の人間像を追い求めるなら、神の子イエス・キリストをモデルにするしかない、と心理学者の友人は言った。しかしトゥルニエは何かが違う、と感じた。他の誰かを真似ることとキリストを真似ることは別だ。全く次元が違うと。誰かを真似る場合、その見本は目の前にいる。目で追いながら相手の動作仕草考え方を真似して近づこうとする。けれどもキリストは目に見えないではないか、と。

 

ところで話は変わるが、苦しんだことのない人間などいない。なぜ人は苦しみを味わうのだろう。「苦しい時の神頼み」と良く言われるが、神を信じていたって苦しみから免れることは絶対にない。では信じても無駄ではないかという人もいるが、キリスト教は新興宗教とは違って苦しみから逃れるために信じなさい、とは決して教えない。現実に罪などない幼気な子供や善良な人間ほど苦しみに見舞われている。何故苦しまなければならないのか。聖書の言う「苦しみ」とは何であろうか。それは肉体的精神的苦痛だろうか。人間関係に苦痛を感じる人は少なくない。相手を責め、非難し合い裁き合う空気が耐えられなくなり、その場から離れるケースは後を絶たない。教会の中にもそれはある。それが聖書の言う「苦しみ」だろうか。人間関係が上手く言っているなら味わう必要のない苦しみなのだろうか。違うと思う。聖書の言う苦しみとは終わることのない苦しみである。それはその人に、神を信じないようにさせる力の全てである。人の言葉しか聞こえさせず、目に見えるものしか信じないと合理的に割り切らせる力全てのことである。神を信じていなかったら、苦しみとはならないかもしれない。ただそれは、生きている以上は苦しみがある、というのとよく似ている。生きている以上は必ず苦しみに直面するように、信じる者にどこまでもつきまとうものである。

 

先ほど読まれたテサロニケの信徒への手紙は新約聖書の中で最も古く書かれた文書である。これを書いたキリストの僕であるパウロは、この手紙を書く前、バルナバという仲間とイエスが死から復活されたことを人々に知らせる伝道旅行に初めて出かけた時、こんな言葉を残している。

「私達が神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」(使徒14:22)

十字架にかかる直前、イエス・キリストも有名な言葉を弟子達に語っている。

「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)

 

このイエスに招かれたから、信じる者とされたから苦難がある。神の国に入るまで多くの苦しみに直面させられる。そうであるなら、信じる者が苦しみに直面するのは、神がそれを備えたからだ、ということになる。だからこそパウロは別の手紙の中で、あの有名な言葉を残している。

「苦難は忍耐を、忍耐は品格を、品格は希望を生む」(ロマ5:3)。

 

信じる者とされた我々は、死を避けられない脆い土の器でありながらもイエスと言う朽ちることのない宝を盛られている。その確信を抱きつつ別の手紙でもパウロは有名な言葉を残している。

「私達は四方から苦しめられても行き詰らず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない」(コリ4:8-12)と。

 

本音を言おう。できれば私も苦しみから逃れたい。苦しみのない生活を羨ましく思う。皆さんもそうではないか。順調に事が運んでいる時はつい、神を信じているから自分も苦しみに勝利しているかのように驕り高ぶりたくなってしまう。罪の誘惑にはまっている自分の生の姿がそこにある。だから先ほどの言葉を、パウロは自分に向かって言っていたのかもしれない。教会の人々に向けてではなかったかもしれない。確かにパウロは自分に向けて語っていた。伝道者たる者の使命について語っていた。だからこそ「苦しみ」から逃げてはならないのだと。

 

そこで、先ほど読まれた聖書の言葉に目を向けたい。テサロニケの町にあった教会を見て欲しい。パウロ、シルワノ(シラス)、テモテによってキリストの福音が宣べ伝えられ、信仰が芽生え、教会が生まれたその地に既にパウロはいなかった。シルワノもテモテもいなかった。その街の圧力によって彼らは街から離れていた。伝道者、指導者である彼らが去った後に残されたその教会、その信徒たちは「多くの苦難の中」にあったと書かれていた。多くの苦難とは何であったのか。旧約聖書の神以外は神と認めず、律法を守らない者に神を信じる資格はない、と主張する過激なユダヤ人たち(かつてはパウロもその一人であったが)は、十字架の死からよみがえられたイエスを信じるなら律法に縛られなくてもよいと教えて、異邦人たちを安心させていたパウロ達を捕えて獄に投じようとしていた。パウロたちがテサロニケの町を去ったのを知った彼らはパウロが残した教会に牙を向け始めた。多くの苦難とは、この過激なユダヤ人たちから迫害されていたことである。

 

しかしその教会の人々に向けてパウロは言った。あなたがたは「私たちと主に倣う者になりました」と。初めに紹介したトゥルニエと彼の友人の心理学者の話を思い出して欲しい。もし彼らがパウロという人間を理想としていただけなら、パウロの言葉や働き、生き方を真似ようとしただろう。しかし主に倣う者、つまりキリストに倣う者とはならなかった筈である。人に倣うこととキリストに倣うこととは同じではない。それはトゥルニエが見抜いた通りである。しかし御言葉は、パウロ達と主に倣う者となったと言っている。テサロニケの人々は、パウロたちを見倣ったから主に倣う者となったのだろうか。

 

6節をよく見ると、彼らがパウロ達の言葉を真剣に聴き入れたからそうなった、と言われてはいない。彼らがパウロに、そして主に倣う者となったのは、彼らが多くの苦難の中にあっても、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れたからだと。そう言われている。彼らの思いや努力でそうなったのではない。彼らが苦しみにおいても福音から離れなかったからとか、信仰に踏み止まったからでもない。彼ら自身の思いに一切よることなく、他の何ものかの力によってそうなった、と言われているのである。聖書の言う「苦しみ」の意味をもう一度思い出して欲しい。苦しみも神からの賜物であるのだと。それは「喜び」も同じである。多くの苦難の中にあってもテサロニケの教会は「喜んだ」。その喜びはその人たち自身の力によるのではない。聖霊による喜び、聖霊と言う目には見えない神とキリストの働きかけ、それこそが彼ら一人一人にもたらした喜びであると。信じるからこそ苦しみを背負ったが、その中にあっても、いや、苦しみにあったからこそ聖霊によって喜ばされたと。そう言われているのである。

 

先週、二泊三日で中学三年生21名をバイブルキャンプに連れて行った。テーマは「苦しみにどう向き合うか」。やはり先ほど読まれた旧約のヨブ記を紹介しながら一人一人に考えてもらった。ヨブは「地上にヨブほどの者はいない」と神から絶賛された正しい人間だった。そこでサタンが神を挑発する。ヨブは神から祝福されているから神を褒めたたえて良い子になっているだけだ。財産、子供たちを奪ってしまえば、更にはヨブ自身を命の危機に曝せばヨブだって神を呪うに違いない、と。ヨブを信じていた神はサタンに「やれるもんならやってみろ」と言ってしまう。「しめた」とばかりにサタンはヨブの子供たちの命を奪い、財産全てを失わせ、悪性の腫れ物で彼の命を危機に曝し、彼の皮膚をぼろぼろにする。苦しむ夫を見るに見かねた妻は、早く楽になって欲しいと願って、「神を呪って死んだ方が良いではないですか」と訴えたが、その妻にヨブは答えた。「私たちは神から幸いを受けるのだから、災いをも受けようではないか。」そして苦しみのどん底に突き落とされたヨブは生涯かけて、なぜ私をそこまで苦しめるのか、理由を教えて下さいと神に延々と訴え続けていく。

 

医師であり、優れた神学者にして音楽家でもあったアルベルト・シュバイツアーの名前を聞いたことはあるだろうか。アフリカの赤道直下の国ガボンで、医療設備の乏しい現地の住民の命を救うために生涯を捧げ、ノーベル平和賞を受賞したこのシュバイツアーを同じ医師としてトゥルニエは敬愛していた。シュバイツアーは、パウロにとって最も根本的な信仰の体験・実感は何かを捜し求めた。パウロは「生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです」(ガラ2:20)と書いている。キリストにおいて自分が死んだ。生きているのは自分ではなくキリストなのだと。それがシュバイツアーが捜した答えであったとトゥルニエは書いている。それはパウロが努力して到達した確信ではない。自分が死に、キリストが私の中に生きている。我々のために十字架にかけられながら、復活して死に打ち勝たれたキリスト。そのキリストの命の力、重み。その重み故に最早、自分と言う古い命に生きる存在は意味を失い消えている状態。それがパウロの生きている実感であった。度重なる苦難や危機に直面しても、この実感がパウロを諦めさせることなく前進させた。アフリカの奥地にまで入り病院を建てたシュバイツアー自身の歩みを支えたのもこのパウロの言葉であったのだろう。

 

しかし、パウロもシュバイツアーも肉の目でキリストを見て、それを真似てそうしたのではない。キリストの方から自分に歩み寄り、何時しか自分の中に宿ってくださる。共にいて下さる。「言は肉となって、私たちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」というヨハネ1:14の有名な言葉の通り、彼らはそれを実感した。だからこそ古い命に死に、キリストに生かされている自分に気づかされたのである。

 

「私達に倣う者、主に倣う者となった」。そのようにテサロニケの信徒たちが苦しみの中でも喜ばされていたのも、新しい命、キリストの命へと彼らを生まれ変わらせた神の業だったのではないか。パウロと同じく、テサロニケの人々をもキリストの命へと生まれ変わらせた神。その神の業によってあなたがたはマケドニア州とアカイア州の全ての信者の模範となったのだと。マケドニア州とはテサロニケの町がある地域一帯、アカイア州とはコリントの町を中心とする地域一帯である。二千年前のこの時、その地にある教会全てがキリストの命へと生まれ変わらされている、神の出来事がその地にも起こっているのだ、そう言われているのである。

 

「主の言葉が、あなたがたのところから出て、マケドニアやアカイアに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところに伝わっているので、私たちはもう何も語る必要はありません」。

 

主の言葉とは福音、生きて語りかけられてくる神の言葉である。その言葉が聞く者たちを振り向かせ、鮮やかに映し出すのは生けるキリストご自身である。そして、「神に対するあなたがたの信仰」というのは、テサロニケのあなたがたにおいてキリストが宿っていること、生きていることである。「生きているのは最早私ではない」。多くの苦難の中でも聖霊によって喜ばされ、主の御言葉を信じているあなたがたの只中に、あなたがた自身ではなくキリストが生きている。主があなたがたと共におられる。それがマケドニアやアカイアだけではない。「至るところで伝わっている」。地の果てに至るまで、神が生きて語りかけ、そこにキリストが生きておられるのだと。古い命に死んで、キリストの命に生かされる兄弟姉妹たちが生まれ続けているのだと。まさにそれが神の業であるとパウロは気づかされていた。自分の手柄ではない。自分に死に、キリストの命へと生まれ変わらされたパウロが、思いを超えて広がる神の業を更にこれでもかと見せつけられていた。

 

 

教会につながる私たちの足元を省みたい。信じる者とされたと言うことは、皆さんがキリストの命へと生まれ変わらされた、と言うことではないのか。だからこそ、その途端に皆さんをキリストから引き離そうとする悪の力が働き、悩まされて来たのではないのか。その苦しみを誤魔化すことなく直視するなら、信じている者は誰もがその苦しみにもがいて来たし、今ももがいている。その苦しみから逃れたいなら、キリストに背を向ければ良い。信仰を捨てれば良い。しかし神は、私たちをキリストの命へと生まれ変わらせキリストと共によみがえらせるため、主に倣う者とするためにその苦しみを備えられた。今なおもがき苦しむのは、神が私たちを、なおいっそうキリストの命へと生まれ変わらせるためなのだと思う。それはまさしく、あのテサロニケに始まり、マケドニア、アカイアに語りかけられた神の生ける言葉が地の果てに至るまで、今この教会にも語りかけられているから、世に勝ちたもうキリストが生きておられるからであろう。キャンプの最後にある生徒が書いていた。今まで自分は苦しみから逃げてばかりだったが、これからは真剣に苦しみと向き合おうと思う、と。一人一人を古い命に死なせ、キリストの命へと生まれ変わらせ主に倣う者とする。その神の働きは今、この教会を舞台として今日来てくれた生徒たちにも広がろうとしている。私たち教会は、この神の働きかけを拒むことなく、更に受け止めて証しする者でありたいと願う。