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われは信ず

「われは信ず」マタイ161320

2026712日(使徒信条・左近深恵子)

 

本日から礼拝で、使徒信条の言葉に順に耳を傾けてまいります。「信条」とは、信仰の主な内容を箇条書きにしている、「信仰の箇条」を表す表現です。使徒たち自身の手によってまとめられたとの言い伝えから「使徒信条」と呼ばれるようになりました。実際には、使徒たちの後の時代の成立だと考えられていますが、言い表されている信仰は使徒たちに遡るものであります。主イエスの死と復活から数年の後にはⅠコリント書15章でパウロが「自分は福音を最も大切なこととしてあなたがたに知らせてきたのであり、自分が伝えてきたのは、自分も受けたものなのだ」と記しているような、信仰の主な内容をまとめた文が存在していました。そのような信仰の告白文を教会は、駅伝の選手が襷を次の走者に渡すまで大切に運ぶように、直接主イエスのお働きに触れ、直接その教えを聴いた者たちが他の人々に伝えた信仰が、歴史の中で受け継がれてきて、今に至るのです。

使徒信条は、長い時間をかけて教会の中で整えられていったと考えられています。原型は、洗礼式で受洗者が信仰を告白する文書として用いられていたものであり、やがて洗礼式だけでなく主日の礼拝の中でも用いられるようになっていったと言われています。直接使徒の手によってまとめられたのではないとしても、教会はこの信条を「使徒信条」と呼んで用いることで、使徒たちに遡る、つまりは主イエスに遡る信仰を告白していると表明してきたのではないでしょうか。プロテスタント教会にとって最も基本的なこの使徒信条を、美竹教会も礼拝の度に大切に唱えています。この信条を告白しながら、あらゆる時代の教会が為してきた信仰の告白に私たちも繋がっていることを、確認しているのです。

使徒信条は原文のラテン語の語順によると、日本語で「我は信ず」と訳されている「credo」という言葉で始まっています。「私は、信じます」と先ず言明した上で、何を信じるのか、一つ一つ言い表してゆく流れを持っています。信条のことを英語では「creed」と呼びますが、この「credo」から来ているそうです。「我は信ず」を意味する言葉が、使徒信条のみならず、教会の共通の信仰を告白する信条や信仰告白文などを指す呼び名となっています。教会は、信仰の主な内容を一つのまとまった文章にして受け継ぐことだけでなく、その内容を、「私は信じます」と告白することを、大切に受け継いできたのです。

信条には「我」「私」と単数形で述べるものと、「我ら」「私たち」と複数形で述べるものがあります。使徒信条が単数形であるのには、原型が洗礼式で用いられていた背景があるのでしょう。教会が受け継いできた信仰に生きることへと招かれ、主の招きにお応えする決意を与えられ、洗礼式に臨んだ一人一人が、「私は信じます」と信仰を表明したのでしょう。主日礼拝において用いられるようになっても、それぞれが礼拝の度に主の招きにお応えする姿勢を新たにされながら、主体的に「私は」と信仰を告白してきたのです。

「我は信ず」の「信ず」「信じる」と訳されている言葉の語源には、「心を置く」「心を与える」という意味があるそうです。自分の心を信じるところ、信じる方に置くという意味で、キリスト者は「信じます」と告白するのです。

信仰の内容を知らなければ、信じることには至りません。しかし、知識を蓄積することが自動的に信じることにつながるわけではありません。自分の在り方や生き方は動かさずに、自分が知りたい時に、自分が望む仕方で学び、受け入れたいことだけを自分の中に吸収する。わくわくさせてくれるもの、自分を肯定してくれることは吸収しようとするけれど、自分を変えることを求めるようなことからは距離を置き、知ったことは知識としてのみ蓄えるにとどまる、そのような知り方を求める思いが私たちの内にあるのではないでしょうか。しかし、聖書が伝えることはいつも神さまを指し示します。神さまはどのような方なのか、私たちは神さまから何を与えられてきたのか、聖書は自分事として受け止めることへと私たちを促します。神さまに心を置くこと、神さまのみ心、神さまの言葉、神さまからいただいているものを通して自分の在り方を見つめることへと促します。自分自身を自分の生き方の軸とするところから、神さまとの繋がりの中に自分の軸を置く生き方へと導きます。神さまとの繋がりの中で神さまからの恵みを受け留め、いただいたことにお応えしようと神さまに言葉や行動を捧げ、更に神さまから恵みをいただく、そのように、神さまと共に日々を歩むことへと導きます。私たちが神さまに捧げられるものに、信仰の告白があります。神さまはどのような方であり、何を与えてくださってきたのか、自分の口で言い表すことができます。初めに神のみ子に対して信仰を告白したのは、主イエスの弟子たちでありました。

先ほどマタイによる福音書16章から聞きました。この日主イエスは弟子たちに、人々は「人の子のことを何と言っているか」と問われました。「人の子」とは、主イエスがご自身のことを弟子たちに言い表すのに用いてこられた表現です。弟子たちは主イエスに、人々はこう言っていますと、人々の様々な意見を伝えます。ある人たちは、洗礼者ヨハネだと言っていますと。ヨハネは、遠くの町からも大勢がそのもとに集まってくるほど、評判の高い人でありましたが、領主ヘロデに殺されてしまいました。そのヨハネの生き返りではないかと人々は言っていると。またある人々は、終わりの時にメシヤ、救い主に先立って再来すると人々の間で信じられてきた預言者エリヤがとうとう来られたのかもしれないと言っており、別の人びとは、エリヤかもしれない、あるいは旧約の時代に活躍した他の預言者かもしれないと言っていると。人々は色々言っていますが、主イエスに期待を寄せていることは分かります。神さまがかつて神の民の中にお立てになった偉大な人達の誰かが、救い主に先立って再来した方なのではないかと。しかし、主イエスがどなたであるのかは分からずにいます。

主イエスは弟子たちに、「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか」と問われます。人々と同じなのか、そうではないのか、弟子たち自身のことを答えるように求められます。するとシモン・ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えます。それに対し主イエスは「幸いだ」と喜ばれたのです。

人々は主イエスを特別な方だと思い、神さまのお働きを人々の間でするために神さまによって建てられた洗礼者ヨハネや旧約の預言者たちに匹敵する方だと、考えていました。いよいよ救い主の到来も近いのではないかと期待もしていました。しかしペトロは、イエス様こそ、そのメシア、救い主ご自身であると言います。多くの人が崇拝しているような石や木を刻んで造った偶像ではなく、「生ける」「神のみ子」だと答えました。人々とペトロの理解には、主イエスを救い主と受け止めているかいないかにおいて、決定的な違いがあります。だから主イエスは今日の終わりの所で、ご自分がメシアであることを誰にも話さないようにと、弟子たちに命じられたのでしょう。ご自分のことが分からずにいる人々に、ご自分が救い主その方であることを告げる時はまだ来ていないと、人々の代わりに罪を負って、命を捧げられて、人々を罪の支配から救い出すことを、先ずは大切にされたのでしょう。

ペトロが、主イエスがどなたであるのか言い表すことができたのは、主イエスが答えることを求めてくださったからでした。「あなたがたは私を何ものだと言うのか」との主の求めに応えて、信じていることを言い表しました。すると主イエスは喜ばれました。私の弟子が正しく答えられて良かったとご自分のために喜んでおられるのではなく、「あなたは幸いだ」と、ペトロのために喜んでおられます。ご自分がどなたであるのか受け止め、その信じるところを口で言い表すことは、ペトロにとっての幸いであったのです。ここに、私たちが礼拝で信仰の言葉を告白する理由の一つがあります。主イエスが従う者たちに、ご自分をどのように知り、信じているのか、信仰を言い表すことを求めておられる、だから私たちは主の求めにお応えして、自分の口で信仰を告白します。信条の言葉を口に出すことは、独り言のように唱えているのではなく、主からの求めにお応えすることです。主に、告白の言葉を捧げています。ペトロの答えを喜ばれたように、私たちが捧げる信仰の言葉を主に喜んでいただきたいと願って捧げるのです。

主イエスは、「あなたがたは私を何者だと言うのかと」、弟子全体に問われました。それに対しペトロが、他の弟子たちの思いや考えを無視して、一人先走って答え、一人だけ主イエスに喜ばれた、ということではありません。ペトロは、既に弟子たちが口にしていた言葉を改めて口にしたのです。14章にガリラヤ湖で弟子たちの乗る舟が強い風に襲われる出来事が述べられています。弟子たちは一旦主イエスと別れ、舟に乗り込んで向こう岸へと向かいました。しかし陸からかなり離れ所まできたところで強い風と波に襲われ、夜じゅう死の危険に晒されました。夜が明ける頃、主イエスが湖の上を歩いて自分たちの方へと来られるのを弟子たちは見ます。ペトロは、自分も主イエスのように水の上を歩きたいと思います。命が危機に晒される中にあっても、恐れず主イエスに従う弟子であることを主イエスにお見せしたかったのかもしれません。主イエスはペトロの願いを受けとめ、「来なさい」と呼び掛けます。舟から踏み出し、水の上を歩いて主の方へと向かい始めたペトロでしたが、恐怖心に駆られた途端、沈み始めます。主に助けを求めたペトロを、手を伸ばして救い上げ、ペトロを伴って主イエスが舟に乗りこまれると、風は静まります。すると弟子たちは口々に「まことに、あなたは神の子です」と言って、主イエスに跪まずきました。弟子たちはこの時、主イエスがどのような方知り、信じ、言い表したのです。それまで主イエスのお姿に触れ、教えとみ業に触れながら、少しずつ主イエスは神の子だと思うようになっていた、そして嵐の中の出来事を通して、「まことに」、イエス様、あなたは神のみ子ですと、言い表すまでに至ったのではないでしょうか。こうして弟子たちの共同体が既に、主に対し言い表していた告白を基に、ペトロは今日の場面で言葉を加えたより相応しい表現によって、弟子たちを代表して主にお応えしたのです。

ペトロが弟子たちを代表して、主イエスはどのような方であるのか述べることができたのは、第一に、主イエスが言い表すことを求めてくださったことによりました。そして、神さまが、主イエスはどのような方であるのかペトロに現わしてくださったからでした。主はペトロに「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、天におられる私の父である」と言われています。ペトロが、主イエスは神さまが旧約の預言者たちを通して約束してこられたメシア、救い主であると知り、信じ、言い表すことを為し得たのは、神さまがそうさせてくださったからであって、ペトロの力に拠るのではありません。ペトロが主イエスから多く聞き、多く見、その知識と理解が十分な量に達したから、信じることを獲得したのではありません。ペトロを含め弟子たちが、他の人々よりも多く、主イエスの言葉や業に主イエスのお傍で触れてきたのは確かです。それは弟子たちにとって真に幸いなことでありました。主イエスからも彼らはかつてこのように言われています、「あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。よく言っておく。多くの預言者や正しいひとたちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである」(マタイ131617)。そうして他の人びと以上に与えられてきたものが彼らにはあり、その知り得たことの意味するところを、神さまが弟子たちに現わしてくださいました。神さまが弟子たちを、主イエスを救い主と信じること、その信仰を言い表すことへと、導かれたのです。

私たちの聖書についての知識の積み重ねが、私たちに信じることを自動的に獲得させるのではありません。私たちの努力が信仰を自分に得させるのではありません。内に与えられてきたものを私たちが真理だと受け入れることができるのは、神さまの導きによります。主イエスこそ私の救い主なのだと、自分は主イエスの十字架の贖いによって救われ、主のものとされたのだと受け入れることは、神さまの導きが無ければ為し得ないことです。神の民であり、主イエスの弟子であるキリスト者たちの群れ、教会の、存在も、キリストの求めにお応えして信仰の言葉を告白する礼拝も、臨在される神さまのお働きと、生ける神のみ子、キリストの救いを証しするのです。

 

主はペトロに、ペトロが為した信仰の告白をの上に、主の教会を建てると約束されました。自分が自分の主で居たい思いをなかなか捨てられず、自分の軸を自分の内だけに据えて、自分を自分の土台とし続けたい私たちです。教会でさえもともすれば自分を主とした自分の教会としたくなる思い、あるいは誰か有力な人物を頭と仰ぐ教会としたい思いに引きずられる私たちです。そのようにして、自分たちの思いに流されれば、ばらばらのままである人間が、一つの主の教会として建て上げられるのは、主イエスこそ救い主であり、生ける神のみ子であるという信仰を、主に向かって告白することを土台とするからです。あらゆる地で、世の歴史を貫いて、人々が教会として立ち続けてきたのは、信仰告白を土台とすること、キリストによって建てられることを、求め続けたことによります。私たちを互いにバラバラにする罪の力に勝って、主の教会は建て上げられます。主の教会には、よみの門もこれに打ち勝つことができないと、つまり死の力にも勝ると、主は言われます。私たち自身は死の力に太刀打ちできず、生きているこの日々も死の力の影響下に置かれている者です。しかし、私たちの罪を贖い、罪の末の死を滅ぼし、死を完全に死に通した上で死者の中から復活された主には、死も打ち勝つことができません。死の影響力は私たちをしばしば疲弊させ、悲しみに沈ませ、諦めや絶望へと引き寄せます。それでも、主がいつも共におられる主の教会、その主への信仰をいつも告白している教会、終わりの時に完成される救いを望み見ながら、礼拝の度に主の祝福に包まれる教会の一人一人の神の民を、死は覆い尽くすことはできません。弟子たちに続き、教会が受け継いできた信条を、「我は信ず」と共に告白することの幸いを、共に豊かに受け止めたいと願います。