2026.5.24.ペンテコステ礼拝
イザヤ42:5-7、ヨハネ19:16-22
「全世界への宣言」 浅原一泰
聖書が何ヶ国語に訳されているか、ご存じだろうか。元々聖書は、一つの言語に統一して書かれたものではない。旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシャ語、というのはご存知の方が多いだろうと思う。ただ、そのヘブライ語やギリシャ語も、今現在使われている現代ヘブライ語、現代ギリシャ語とは違っている。実はそれ以外にも、エズラ記やダニエル書の一部はアラム語で書かれている。因みにイエスは地上の生活においてアラム語をしゃべっていたと言われる。ゲッセマネでイエスが神に「アッバ、父よ」と祈る有名なシーンがあるが、アッバというのはアラム語である。また十字架で主イエスが絶叫した言葉として知られる「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」も、「わが神、わが神、何故我を見捨て給うや」という意味のアラム語である。先ほど読まれた御言葉の中にゴルゴタ、というヘブライ語の地名が出てきたが、これも元々はグルゴルタ、というアラム語がもとになっている。
そのように三つの言語が寄せ集められて成立した聖書は今、この21世紀において果たして何カ国語に訳されているのだろうか。先日、日本聖書協会に問い合わせてみた。2024年時点の世界ではなんと7396もの言語が使われているそうだが、その内旧新約全巻揃って訳されている聖書は776言語あります、とのことだった。それ以外で新約だけ訳された聖書は1798言語、更には福音書だけとか、パウロの手紙の一部だけとかが訳されたものは1433言語あります、とのことだった。そうすると、全部であろうが一部であろうが、とにかく聖書は合わせて4007もの言語に訳されている。そう聞いて皆さんは今、何を思うだろうか。私もそうだが、斯くもキリストの福音は、ここまで全世界に広がっているのか、という思いにさせられるのではないだろうか。しかし、足もとの現実を見つめ直してみるとどうだろう。教会に集う人が軒並み増えている、などとは決して言えない。子供たちや孫たち、親しい友やその家族へと信仰が受け継がれ、今や福音は地の果てに至るまで広まっている、などとは決して言えない。そうではないだろうか。
では、教会がこの世に誕生したそもそもの初めの頃はどうだったのだろう。今日5月24日は聖霊が初めてこの世に降り、教会が誕生した出来事を記念するペンテコステ(聖霊降臨日)である。その場面を伝えている使徒言行録2章には、にわかに信じられないようなことが書かれている。聖霊を受けたペトロがイエスの十字架の死の意味と、そこからキリストをよみがえらせた神の業とを大胆に宣べ伝えた。すると何とその日のうちに三千名もの人間が悔改めて洗礼を受けたというのである。それだけではない。パウロも手紙(Ⅰコリント15章)の中でこのようなことを書き記している。十字架の死から復活されたキリストが、先ず初めにケファ、つまりペトロに現れ、十二人の使徒達に現れ、更に五百人もの兄弟たちに同時に現れたのだと。そして最後には月足らずで生まれたような私にも現れたのだとパウロは記している。コリントⅠ15:3で、パウロはこれを「私自身も受けたものだ」と明言している。そうである以上、それはパウロより前から広まりつつあった言い伝えに他ならないのであり、教会が世に誕生した当初からそのような言い伝えがあったのだろう。
そう考えると、初めの頃のキリスト教や教会は何と勢いに満ち溢れていたのだろうか、と思わされる。それに比べて、今のこの時代の教会は何と力がなくなったのだろう、と言わざるを得ない。キリストの十字架の死が西暦30年頃のことであったと考えられる。パウロがダマスコ途上で復活のキリストに出会って回心を遂げたのはそれからしばらく後のことであり、また新約最古の文書であるテサロニケの信徒への手紙Ⅰが書かれたのが西暦52-53年頃と言われている。その間僅か20年余り。その20年の間にキリスト教はその全貌が明らかとなり、ユダヤ人のみならず異邦人にも伝えられ、受け入れられていった。研究者によれば、その間にキリスト教の教えの中心、福音の真髄とも言うべきものがそこで固まったと言う。それを聞いて世の人々はこんなことを言い始めるかもしれない。「それ以降の教会は、何ら成長していないではないか。むしろ、衰退しているではないか」と。しかし、本当にそうだろうか。証拠として目に見える数だけを突きつけられたら、確かにぐうの音も出ない。しかし一日に三千人が洗礼を受けたとか、復活のキリストが五百人に同時に現れた、と言うのは単なる歴史的事実だろうか。そうではなかったのではないだろうか。それ以上の、我々罪人にははかり知ることも出来ないほどの神の業を、キリストの声を、聖書は伝えているのではないだろうか。
はかり知ることの出来ない神の業。キリストが罪人を贖うための十字架の死から復活されたことを確信させるペンテコステの出来事は、紛れもなくその大きな「始まり」であったに違いない。なぜ始まりかというと、その日から時を超え、場所を超えて、この地上から三千人では済まないほどの、それを遥かに越える数の罪人が振り向かされ続けて来たからである。そうではないだろうか。五百人以上の人々にキリストが現れ振り向かせた者たちの中に私たちも含まれている。そうではないだろうか。そしてそのキリストは今も、変わることなく生きて語りかけておられる。これからも、働きかけ続けてくださる。そうではないだろうか。
先ほど新約聖書から、イエスが十字架につけられる場面が読まれた。その場面は全ての福音書が伝えている。しかし四つの福音書を比べてみると、どれ一つとして同じではない。先ほど、聖書は単なる過去の事実の記録ではない、と申し上げた。この世ではそうであっても、聖書では目に見える文字が証拠となるわけではない。大切なことは、造り主なる神が、被造物である世にある人間に語りかけた、という一点にある。キリストが弟子達、そして信じた者達に語りかけている、という一点にある。聖書の世界において、神の支配する領域において、最も大切なことなのはそれである。それをもとに四人の福音書の著者達は、各々の体験を省みつつ自分の言葉で伝えていったに違いない。
さて、イエスを十字架の刑に処すという判決を下したピラトが、そのイエスをユダヤ人達に引き渡した、と全ての福音書が伝えている。今朝与えられた御言葉においては、引き渡されたイエスは自ら十字架を背負って「されこうべの場所」、ヘブライ語でゴルゴタという所へと向かった、とヨハネは伝えている。既にそこから、ヨハネは他の福音書とは違っている。鞭打たれ、弱り果てたイエスは蹲り、とても十字架など背負えない状態であったために、キレネ人シモンなる人物がその十字架を代わりに背負った。そう他の福音書は伝えているが、ヨハネはそうは言わない。最後まで自らの力で、自ら十字架を背負って進まれたようにイエスの姿を描く。そしてヨハネはこのように言葉を続けている。
「ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、『ナザレのイエス、ユダヤ人の王』と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書かれていた。ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた」(19:19-22)。
十字架の上に掛けられた「罪状書き」の文言について、ピラトと祭司長達の間に揉め事が発生した、と伝えているのもヨハネだけである。その罪状書きには「ユダヤ人の王」と書かれていたと、確かにどの福音書も伝えてはいる。しかしヨハネは、それに反発して「この男は『ユダヤ人の王』と自称した」、と言う風に書き直せ、と願い出る祭司長達の姿を伝えている。「やかましい。黙れ」。そう言わんばかりの憮然とした表情でその申し出を即座に却下するピラトの姿を伝えるのもヨハネだけである。どうしてヨハネはそのように伝えているのであろうか。それが事実であったからであろうか。そうは思わない。最も古い福音書であるマルコの方が、おそらく事実に近かったであろう。ヨハネは四つの福音書の中で一番最後に記されたものである。ならばヨハネは事実を曲げたのだろうか。そうとも思えないのである。「この男は自分をユダヤ人の王と言った」、などと言いがかりをつけられイエスが捕えられた。そのことはどの福音書も一致して伝えている。ピラトはそれが本当だとは正直思えなかったが、しぶしぶイエスを十字架にかける決断を下した。そのこともどの福音書も一致して伝えている。しかしピラトが何を考えようと、ユダヤ人達がどんなにイエスを激しく憎もうと、御言葉が示す真実は一つである。それは「イエスが『ユダヤ人の王』として十字架におかかりになった」、というその一点である。それが、御言葉を通してこの世に住む我らに語りかけておられる神の声に他ならなかった。そして十字架の上で死に、その死からよみがえられたこの方、イエスこそがまさしく、その前を通り過ぎる者達を罪の支配、罪の縄目から解き放つ王となられた、メシアとなられたのである。しかもこの方が解き放って下さるのは、二千年前のユダヤ人だけではない。異邦人も、そしてこの時だけではなく今この時も、そして今より後も地の果てに至るまで、罪のうちに孕まれ罪に操られて生きている全ての者を解き放ってくださるのである。この方を信じる全ての者の真の救い主、真のメシアとなって下さるのである。それが、御自分の独り子を世に遣わした神の思いに他ならなかった。そして、その通りに神の思いを成し遂げていくことが御子なるキリストの思いに他ならなかった。「私がユダヤ人の王だ」、とイエスが自称したことは一度もなかった。そのようにイエスを任命したのは神である。神の言葉、神の思いは必ず実現する。そのために、イエスが十字架で息を引き取る前からあの祭司長達もピラトも神によって動かされたに過ぎない。王として十字架の上で息を引き取った主はよみがえり給う。そして弟子達の前に現れ給う。そうして死に打ち勝つ永遠の命を示して彼らの目を開き、死んでいた者を命へと振り向かせ、信じた者を御自分の羊として養い続け、導き続けられる。それが神の思いである。遠い過去の話ではない。その時だけで終わった話なのではない。復活のイエスは生きておられる。今もなお生きて、語りかけておられる。今、礼拝者とされている我らにもイエスは生きて、働きかけてくださってきたのである。聖書は過去の記録ではない。昔の弟子がどう信じたか、どのように人々が信じたか、を伝えるものでもない。あの時のキリストは今も、これからも、生きて我らに語りかけておられる。働きかけておられる。そのことを聖書は伝えているのである。
そしてヨハネだけが、こう伝えている。
「それには『ナザレのイエス、ユダヤ人の王』と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書かれていた」(19:20)。
イエスが生きていた時代、ユダヤではアラム語、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語の四つが使われていたらしい。しかしイエスは、ユダヤ人だけではなく異邦人をも、今現在のみならず将来においても罪の支配から解き放つ王となられる、と申し上げた。当時ヘブライ語というのは旧約時代の過去から受け継がれた言語であっただろう。ギリシャ語はヘレニズムの猛威によって当時急速に広まった言語であり、ラテン語は当時、世界帝国ローマが君臨する明日の世界を象徴していたかもしれない。だとすればこの三つの言語は過去、現在、未来を指していた、とは考えられないだろうか。ならばこれはこれまでのユダヤだけではなく今現在、そして来るべき未来に亘る全世界に向かっての神の罪の赦しの宣言、地の果てにいたるまであなたがたを救うという宣言に他ならないのではないか。その確信と希望に打ち震えながらヨハネはこの言葉を加えたのではなかっただろうか。
神の独り子はイスラエル民族、ユダヤ人としてこの世に生まれた。しかしそれだけではなかった。同じく先ほど読まれた旧約、イザヤの預言にも示されていたように、神は独り子なるこの方、イエスを「諸国民の光」として立てられたのである。捕われ人全てをその枷から、闇に住む人全てをその牢獄から救い出す真のメシアとして、贖い主として立てられたのである。そして今も後も、神の国が完成するその日まで、終わることなく神はそのようにイエスを立てて下さっている。だからこそ教会は絶えることなく世に立ち続け、捕らわれ人は今なお解き放たれ続けている。そうではないだろうか。二千年前のこの日に始まった神の業、イエスの死は我ら罪人を贖うためであり、神はそのイエスを死からよみがえらせることで罪人をも生まれ変わらせ、牢獄から解き放って下さると確信させた神の業は終わることなく今も、続いている。
聖霊とは、その神の業を確信させる神の力であろう。二千年前のこの日、聖霊を通して三千人もの罪人たちがキリストの復活を確信させられ、生まれ変わらされたのである。その神の業は、今この時も生けるキリストを通して一人の兄弟の目を開こうとしておられる。闇に覆われていた牢獄から愛と恵みに満ち溢れる光の世界へと解き放ち、朽ち果てるべき命から朽ちることのない永遠の命へと生まれ変わらせようとしておられる。目に見えない神がその奇跡を起こして下さる。見えなくても、耳に聞こえなくても、「天に栄光、地に平和」と今、国籍を天に置く者たちが声高らかに賛美の歌声を挙げている。「かつてあなたがたも、そうして闇から光へ、朽ちない命へと移されたのだと。過去や今だけでその命の門が閉ざされるのではない。これからも、地の果てに至るまで、全世界に向けて開かれているのだと。光なる神の御国が完成するまで、あなたがた教会の歩みは絶えることはないのだと」。
天の大軍に促されつつ今、聖霊によって目開かれて、一人の兄弟を死から命へと生まれ変わらせて下さる神を、私達も心の限りにほめたたえようではないか。
