2026.4.26.
イザヤ45:5-8、Ⅰテサロニケ1:2-5
「思い起こして」浅原一泰
「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の句を読んだことで知られる正岡子規が死を直前に控えた頃、病床で彼の口から出てくる言葉は回顧ばかりであったと言う。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』の中に子規の最期の場面が詳しく描かれていたが、それによると子規は愛弟子の一人である高浜虚子に対して、伊予なまりで次のようにつぶやいている。
「あしはどういうものか、子供の頃から天然界が好きでな」。
「何故天然の美が好きなのか。あしは子供の頃、美というものがこれほど好きであったのに、我が家は全く殺風景で、家の調度などに美とするものが一つもなかった。いや、かるただけがあった。どがいして、あしはこんな貧乏な家に生まれたかと他の家が羨ましかった。それ故人工の美をあきらめ、花やら雲やら、天然の美に心が移るようになったのか」。
この頃の子規は万事がそのような調子であったらしい。確かに、人間は死期が近づくとなぜか子供の頃を思い起こす、と言うのは良く話である。
我々人間は、過去を記憶する力と知恵を持っている。しかしそれとは別に、ふとした瞬間、思いもよらないところから突然、ある過去が鮮やかによみがえって来たという経験はないだろうか。思い出そうとしていたわけでもないのに、もしかしたら思い出したくもないのに、なぜかその場面が浮かび上がってくるということはなかっただろうか。それは自分が記憶を引き出しの中から取り出してくるのとは別の現象だろう。人間が意図して過去の記憶を辿ろうとするのは何のためか。今の問題を解決するためとか、同じ間違いを繰り返さないためとか、自分を正当化したいからではないかと思う。そのためなら過去を歪曲する者さえ現れる。しかし、まったく意図していないのに過去が思い起こされてくる、というのは果たして何が原動力なのだろうか。正岡子規にもそれがあったようにおそらくそれは自分の力を超えるもの、例えば「死」という避けられない運命に迫られたから、なのではないだろうか。
フェデリコ・フェリーニの「道」と言う古い白黒映画がある。子供のように純粋無垢(精簿)な女性ジェルソミーナが、ある時自分の無能、無力さを嘆き、自分なんか生まれてこない方が良かったと、悲しみに暮れていた。すると一人の道化師は彼女に、おどけながら「そこに転がっている石ころ一つにも意味がある」と言って聞かせる。その言葉で彼女は直ぐに分からなくても、自分にも生まれてきた意味があることを信じてやり直そうとする。しかし連れ合いの傲慢極まりない大道芸人がふとした言い争いから怒り狂ってその道化師を殺してしまうと彼女は気が変になり、結局その男に捨てられ死んでしまう。それから何年も時が過ぎて、男はとうに彼女が死んだことを聞かされ愕然とする。その夜男は酒場で荒れ狂い、浜辺で一人嗚咽する。この世で唯一人だけ、自分を愛してくれたかけがえのない人間をごみのように捨てた、悔やんでも悔やみきれない思いに耐え切れずに。その男の泣き声は、彼女の命の意味が紛れもなく存在したことを称えるかのようであった。それも失った宝の余りの大きさ故に過去が想い起こされた例である。ジェルソミーナの死が、そして取り戻せない過去の過ちの大きさがその男を押し潰し、号泣させた。そう言っても良いのではないかと思う。
さて、話は変わるが、テサロニケの信徒への手紙Ⅰは新約聖書の中で最古の文書であると以前お話したことがある。先ほど読まれたのは手紙の書き出しの部分であるが、著者であるパウロは「私たちは、祈りの度に、あなたがたを思い起こし、あなたがた一同について、いつも神に感謝しています」という文言で書き始めていた。「思い起こす」とはどんな意味だろう。パウロは過去の記憶を辿っているのだろうか。どうやらパウロは、自ら意図して思い起こそうとしているのではなかったようだ。「祈りの度に」思い起こし、「絶えず父である神の御前で」心に留めた、というのは、目に見えない不思議な力によって思い起こさせられた、ということのようである。
ところでキリスト教が産声を上げたのはクリスマスではない。イエスを見捨てて逃げ去っていた弟子たちの前に復活のイエスが現れたことによってキリスト教は始まった。イエスを十字架の死から復活させた神の奇跡が彼らにも起こり、ペンテコステには聖霊が注がれることでその奇跡が更に多くの者に広がり、世に教会が誕生したと聖書は伝えている。
ところがこの後でご一緒に唱える使徒信条を見ると、順番はそうはなっていないことにお気づきだろうか。
「主は聖霊によりて宿り、おとめマリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、死にて葬られ、陰府に下り、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん。」
順序はそうなっている。つまり、イエスが誕生して受難の生涯を送り、十字架の上で死なれたその三日後に復活したのだと。時系列からすればそうである。それが地上の歴史の順序である。しかしながら、マグダラのマリアや弟子たちが経験させられた順序はそれとは正反対であった。もしイエスの十字架が先であったなら、マグダラのマリアは悲しみに打ちひしがれたまま墓の前で泣き続け、それで終わっていただろう。ペトロや他の弟子たちはイエスを見捨てて逃げ去った卑怯者のままであり続けただろう。ところが深い嘆き悲しみの中で絶望するしかなかったマリアに復活のイエスが現れる。卑怯にも逃げ去った臆病者であり罪人であることが言い逃れできない弟子たちに復活の奇跡の出来事が起こる。その出来事が彼らをイエスの十字架の意味へと振り向かせ、更に過去へと遡らせた。イエスの教えを、言葉を思い起こさせた。この方は、神に裁かれ死の苦しみへと追いやられるしか道がなかった我々すべての罪人の身代わりとして、我々のために犠牲の死を遂げられたのだと。
イエスを死からよみがえらせた神の業、復活のイエスとの出会いが弟子たちにもたらしたものは、過去へと彼らを振り返らせただけではない。遥か彼方を待ち望む希望まで鮮やかに彼らに指し示した。よみがえって天に昇ったキリストはいつの日か必ず、再び世に来て下さるのだと。それによって、イエスがこの世に生まれた時に芽生えた消えることのない光、神の国はキリストが再び来ることによって完成される。今この時は、イエスの誕生によって幕が開いた神の国のストーリーがやがてその完成を迎えるまでの「時の間」であるのだと・・・・・復活のイエスとの出会いが弟子たちの目をそのように開かせたわけである。
ところでパウロがこの手紙を書いたのは、イエスの十字架の死、そして復活のイエスに初めて弟子たちが出会った時から、およそ20年後であった。イエスは必ず再び世に来て神の国を完成してくださる。その日はもう間もなくやって来るに違いない。パウロがこの手紙を書いた頃は、神の国の完成が朽ちることのない希望として、当時の教会に、信じる者一人一人に生き生きと示されていた時代であったようである。
そうであるならばその日が来る前に、生ける者と死ねる者とに裁かれるよりも前にこの喜びの知らせを、まだそれを知らず気づく気配もない罪人たちに一刻も早く、地の果てに至るまで出かけて行って宣べ伝えなければならない。伝道せずにはいられない。世にある者すべてを、独り子イエスを十字架にかけてまでして一人も欠けることなく永遠の命へと招こうとする神の熱意を告げ知らせずにはいられない。この神の思い、神の熱情ともいうべき愛が、かつてはクリスチャンの天敵であり教会の迫害者であったパウロを悔い改めさせ、異邦人の伝道者として召し立てた。独り子イエスを死なせてまでしてすべての者を赦す神の愛と、そのイエスを死からよみがえらせ、再び世に来させることで神の国を神ご自身が完成してくださる、という朽ちることのない「望み」とが折り重なってこのパウロに、あるいは他の弟子たちやマグダラのマリアに、そして信じる者すべてに神を信じさせ、イエスこそ救い主であると崇めさせていった。イエスの十字架の意味を思い起こさせ、神の御前に跪かせた。だからこそこの手紙の書き出しにおいてパウロは、次のように書かずにはいられなかったのではなかっただろうか。
「あなたがたが信仰の働きを示し、愛のために労苦し、また、私たちの主イエス・キリストに希望を置いて忍耐していることを」私は思い起こしていると。
ここに、「信仰、愛、希望」という三つの言葉が出て来た。「信仰と、希望と、愛、この三つはいつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(Ⅰコリント13:13)という有名な言葉もある。「信仰、希望、愛のトライアングルは神がキリストにおいて与える命の真髄である」と言った神学者もいる。信仰なくしては愛の労苦は生まれない。希望に基づく忍耐も生まれない。そう言えるかもしれない。ガラテヤ5:22には「霊の結ぶ実は愛、喜び、平和、真実である」という言葉もある。霊とは聖霊、神とキリストの愛の力であり、その聖霊の働きが罪人であった者に信仰を芽生えさせて愛の労苦へと促し、キリストが再び来て神の国を完成してくださると言う希望を抱かせ、苦難に耐えさせる。であるのなら信仰も愛も希望も皆、神の作品であると言うことになる。我々が神を信じるよりも前に、罪人に過ぎなかった我らをまず神が信じてくださった。愛を注いでくださった。我々の足元がどんなにおぼつかなくても、我々に対する神の希望は揺らぐことはなかった。この神の熱意によって我々罪人の中に芽生え始めたものが信仰であり希望であり愛だと聖書は言うのである。そうして芽生えた信仰が彼らを生かし働かせ、キリストへの愛が苦しみをも喜びへと変え、更にキリストに対する望みが如何なる苦難艱難をも耐え忍ばせる。今は他の地にあっても主の日の礼拝で神の御前に立たされる時、祈りへと導かれるたびごとにそのことを私は思い起こしている、と。パウロはテサロニケの兄弟姉妹たちに向かってそう書き出していたわけである。
では一体何がパウロにそのように思い起こさせたのか。そもそも何の力に拠って彼は教会の迫害者から福音の伝道者へと変えられたのか。イエスの十字架ではない。パウロは十字架のイエスを見てはいない。パウロが生まれ変わったのは、復活のキリストと出会ったからである。出会ったからこそキリストは「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」と彼に語りかけ、「主の十字架、我がためなり」と想い起こさせ、パウロは跪かずにはいられなくなった。祈らずにはいられなくなった。隣人を、かつては憎しみを募らせ攻撃せずにはいられない敵であったクリスチャンに対しても、パウロはキリストにおいて示された神の愛を傾けずにはいられなくなった。そして復活のキリストはこのパウロを、「その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために」、恵みを注いで使徒として立ち上がらせるのである。
先ほど読まれた旧約、イザヤ書にはこう書かれていた。
「私はあなたに力を授けたが、あなたは私であると分からなかった。それは、日の出る所からも、日の沈む所からも、人々が知るためである。」
パウロがキリストを憎み、教会の迫害者であったことも神は知っていた、ということになる。パウロにそうさせておいたのは、日の出るところからだけでなく、日の沈むところからも、ユダヤ人だけではなく、世にあるすべての人間がキリストをよみがえらせた神を知るためであると。そのために神はパウロを、教会の迫害者であった時から用いた、ということになる。
その神が自分を異邦人の使徒として召し上げ、見知らぬ土地の罪人らを信仰へと招き入れさせ、その地に教会を建て上げさせた。こうして神の国が完成する前に、生ける者と死ねる者とに裁かれる前に、テサロニケの教会は生まれた。間に合った!主を知らなかった罪人たちが主を信じる者へと変えられた!これからも神は新たに生まれ変わらせ続けて下さる。そのことを骨身に染みるほど感じたからこそパウロは今、神に感謝せずにはいられない。神を褒め称えずにはいられない。彼には誇るべき己の手柄も業績も一切ない。彼はこう書いていた。
「わたしたちは、あなたがたが神に選ばれたことを知っています。私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによったからです。」
主を知らなかったテサロニケの人たちに福音が伝えられたのは、あなたがたが神に選ばれていたからだと。私たちの言葉だけによるのでもない。それだけでは伝わらない。そこに神の力と、神とキリストが降り注がれる聖霊の働きと、あなたがたを選び、どこまでもあなたがたを信じて止まない神の強い確信があったからに他ならないのだと。パウロはただ神のみを見上げ、神のみを誇ったのである。
ともすれば我々は神とキリストを引き合いに出して、神への感謝ならぬ自己満足、自己正当化を求めてしまう。神に栄光を帰するどころか、自分の栄光を求めたがってしまう。そのような危うい我ら罪人を復活の主が引き戻して下さる。その主がもたらす望みが我らを自己満足させず、自己正当化させず、神とキリストへの感謝へ、神に栄光を帰する信仰へと引き戻し続けてくださる。今この時もただ神の恵みによって礼拝へと召し集められていることを思い起こす者とされたい。
