「神のみ子は飼い葉桶に」ミカ5:1~4a、ルカ2:1~7
2025年12月10日(アドヴェントⅢ・左近深恵子)
ルカによる福音書は、ダビデ家のヨセフの婚約者であったマリアが、神さまから、身ごもって男の子を産むと告げられたことを伝えています。マリアは、その子をイエスと名付けなさいと、その子は神のみ子であり、ダビデの王座を治め、「永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」と、つまりその子は神さまが預言者たちを通して告げて来られた真の王、メシア(救い主)であると告げられました。それは聖霊のお力によって為されるとの神さまの言葉に、マリアは「お言葉通り、この身になりますように」と答えたのでした。
マタイによる福音書は、ヨセフが、婚約者マリアが聖霊によって身ごもっていることを聞いていたものの、マリアと離縁しようと考えていたことを伝えています。そのヨセフにも神さまは語りかけてくださり、恐れずにマリアを妻に迎えなさいと、マリアに起きていることは聖霊のお働きによるのであり、この子は自分の民を罪から救うから、その子をイエスと名付けなさいと告げました。イエスという名前は、「主は救い、主は救い主」を意味するのであり、マタイによる福音書も、「このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われたことが実現するためであった」と、神さまが旧約の時代から推し進めてこられた救いのご計画の実現であることを伝えています。ヨセフは神さまの言葉によって、恐れず、マリアを妻に迎えたのです。
こうしてそれぞれに神さまから語りかけられ、恐れを越えて神さまに従って踏み出す力を与えられたマリアとヨセフは、夫婦として歩み始めました。マリアの胎に与えられた子を守って行く道、同じ一つの道を共に踏み出したのです。新しい命と共に過ごす日々は、喜び多いものであったでしょう。穏やかな幸せを2人は味わったことでしょう。しかしまた、マリアとヨセフは、思いもよらない苦労も味わうことになります。滅多にない住民登録が、実施されたのです。当時地中海周辺の地域一帯を支配していたローマ帝国の皇帝が全領土の住民に登録を課す命令を出したため、支配下に置かれていた人々は自分の町にそれぞれ行かねばならなくなりました。ヨセフもダビデの町ベツレヘムにマリアを伴って向かいました。身重の妻を連れて行かねばならないほど強い命令を領土の民に下すことができる皇帝によって支配されていた時代に、2人は神さまから委ねられた子を守らねばなりませんでした。彼らが住んでいたガリラヤのナザレの村からユダヤのベツレヘムまでの道中、彼らは何を思って歩を進めていたでしょうか。妊婦の体に負担のかからないように気を付けても、この時代の旅はどうしたって体に堪えたでしょう。旅の間に陣痛が始まったらどうしようと考えたかもしれません。マリアにとっても、おそらくヨセフにとっても初めての出産であり、対処の仕方など分からないことばかりの夫婦が、知り合いのいない旅先でその時を迎えたいはずはありません。だからと言って旅をしない選択肢は与えられていないのが2人の現実です。何とか無事にベツレヘムに着いたものの、2人は宿泊場所を見つけることができません。臨月の者にすら場所を提供することができないほど、町は皇帝の勅令に従うためにやってきた人々で溢れていたのでしょう。宿泊場所も、初産の夫婦に手を差し伸べてくれる人も見つからないのに、「マリアは月が満ちて」子を産みます。「月が満ちて」との表現によって、神さまがこの時を定めておられたことが分かります。
マリアは初子の男子を産んだ、とだけ福音書は伝えます。簡潔で短い一文は、心鎮めて、誕生の出来事に耳を傾けることを、私たちに求めているかのようです。マリアが、出産と言う大きな務めを、親族やコミュニティーの助けがない中で無事に果たし終えたことを思います。ヨセフはおそらく、陣痛と出産の苦しみに耐えるマリアを支え励まし続けたことでしょう。そうして主イエスは、他の人間たちと同じように、母子ともに危険が伴う出産を経て無事に生まれることができました。マリアやヨセフが置かれていた状況を思うと、私たち自身や身近に知る出産よりも、その危険は大きかったことでしょう。今、世界のあちこちで、戦争や紛争、災害の地で、あるいは家族や周囲の人々と関係が破綻している中で、出産に直面している多くの親子のように、出産もその後のケアもサポートが望めない厳しさの中、主イエスは世に来られました。生まれた子を何とか守ろうと用意していた産着で包み込むマリアの愛情と、その大切な子を飼い葉桶に寝かせるしかない状況の厳しさのコントラストが印象的な、出産の情景です。
飼い葉桶という漢字は木でできた桶を思わせますが、この地域では石造りのものも動物たちの餌を入れる場所としてもちいられていたようです。そのような頑丈な飼い葉桶を乳児の寝床とするのは、無いことではなかったとも聞きます。ただ、福音書がマリアが幼子を飼い葉桶に寝かせたと伝えるのは、その地方でその晩野宿をしながら羊の群れの番をしていた羊飼いたちへの、救い主を見つけるためのしるしとなるからです。2:11以下で天使はこのように羊飼いに告げます、「恐れるな。私は、すべての民に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、産着にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つける。これがあなたがたへのしるしである」。飼い葉桶を乳児の寝床に用いることは無かったわけではないけれど、至る所で行われていたらそれはしるしになりません。室内の温かい清潔な場所で、人のための寝床に我が子を寝かしたいと思うのが、親の当然の思いでしょう。しかしこの日マリアは飼い葉桶に幼子を横たえるしかなかったのです。小さな町であったベツレヘムにその晩、どれだけの乳児がいたことでしょう。その中から、全ての民にとって大きな喜びである救い主を探せと言われたら、先ず王宮のような所を思い浮かべるのが人の発想です。神さまが預言者たちを通してダビデ王の血筋に救い主を与えてくださると約束されたのだから、王宮の部屋のような立派なベッドの中で眠っているのではないかと。けれど神さまは、飼い葉桶をしるしとされます。そのしるしを頼りに救い主を探し、最初に救い主に見える恵みを与えたのは、王宮の誰かでも会堂の指導者でもなく、羊飼いたちでした。人が思うような王の誕生ではなく、このような仕方で永久に支配される王、ご自分の民を罪から救う王を与えられたのは、この恵みがどのようなものなのか私たちが知るために必要であったかあらではないでしょうか。
この時代、ユダヤの民をヘロデ王が支配していました。しかしヘロデは、ローマ帝国の許可によって王でいることができていました。ヘロデの上に、ローマ帝国の総督の力があります。更にその上に、それら総督たちや他の地域の支配者たちに住民登録の実行を命じたローマ皇帝の力があります。ヨセフのみならずマリアもベツレヘムへと旅をし、その結果生まれた幼子を寝かせるためのふさわしい場所が見つからない状況は、幾層にも重なって民を支配しているこれらの者たちによって生じています。頂点に立つアウグストゥスという皇帝は、かつて帝国の東半分で勢力を誇っていたアントニウスとクレオパトラの連合軍を倒し、帝国全土を長い戦乱から解放し、その偉業によって「全世界の救い主」と呼ばれるようになり、ローマ皇帝の中ではじめて自らを「神の子」と呼ぶことを許した者と言われています。このアウグストゥスによって実現されたローマ帝国の状態は「アウグストゥスの平和」「ローマの平和」と称されていたと言います。他を圧倒する軍事的、経済的、政治的な力によって「平和」と呼ばれる支配を確立し、「救い主」「神の子」と称されることを喜んでいる者が世の王たちのトップに君臨していました。その力を民の一人一人に誇示し、民から漏れなく税金を徴収するために行ったのでしょう。支配している民を民族ごとに人口や拠点としている地域を把握し、反乱の芽を摘むため、必要時に兵力として動員するためでもあったかもしれません。支配する側の都合で幾重にも力が覆い被さる世で、人々は暮らしを日々営み、支配者から強いられれば望まないこともやらざるを得ない現実を這うように生きている。その人々と同じ地上に、人々の間に、他の乳飲み子が与えられているものを親は与えたくても与えられない状況の中、真の救い主は私たちと同じように寒さにも、飢えにも、病や怪我にも弱さを抱えた肉体を持つ人間としてお生まれになりました。この方が「あなた方のための救い主」なのだと神さまは天使を通して羊飼いたちに報せます。彼らが自分たちのための救い主の到来を喜ぶことができる者たちであることをご存知だったから、彼らに最初に告げてくださったのではないでしょうか。現実の厳しさにもがいていても、救い主の誕生を受け止めず、自分をこの出来事の外に置いたままにすることが私たちにはできてしまうのであり、そうしたくなるこころを持つ者です。飼い葉桶を眺めることはしても、眺めつつ、その傍らを通り過ぎようとする私たち一人一人に神さまは、「あなた方のための救い主がお生まれになった」と呼び掛けてくださるのです。
ローマ皇帝が実現した支配や平和には限りがあり、時と共にやがて終わりを迎えます。しかこの晩起きた出来事は、「いと高き所には栄光、神にあれ/地には平和、み心に適う人にあれ」と天使が歌ったように、全ての力よりも高みにおられる神さまの栄光の輝きを帯びた平和が地にもたらされたことでありました。世の王たちには為し得ない、神さまから与えられた出来事です。だから、神さまの言葉に導かれなければ、その恵みがどのようなものであるのか見出すことができません。人としてお生まれになった方を、人は見ることも、泣き声を聞くこともできます。ほんの一握りの者しかアクセスできない王宮の奥の部屋におられるわけではなく、修行を積んだ特定の者だけが辿り着けるどこかに潜んでおられるわけでもありません。救い主の到来を喜び、み言葉に耳を傾け、探すならば辿り着つことができる飼い葉桶に、おられます。
神さまが天使を通して羊飼いたちに言葉を与えてくださったから、羊飼いたちは、救い主を探し出すことができました。神さまが天使を通してヨセフに言葉を与えてくださったから、ヨセフはマリアを妻に迎え、マリアと共にその晩、救い主を自分たちの家庭に迎えることができました。神さまが天使を通してマリアに言葉を与えてくださったから、マリアは神さまの言葉に信頼し、「お言葉通り、この身になりますように」と、自分の身と自分の人生に神さまの救いのみ業がもたらされることを受け入れることができました。神さまがこれら一人一人に語り掛けてくださったから、ガリラヤの町ナザレとベツレヘムでばらばらに生きてきた人々が、天から降られた平和の君を共に囲む最初の群れの一員となれたのです。
ミカ書5章の言葉も先ほど聞きました。ベツレヘムにいつか生まれる王を告げるこの箇所を、マタイによる福音書はクリスマスの出来事を述べる中で引用しています。ベツレヘムは「小さな者」と呼ばれる小さな町です。そこからダビデ王が出ました。ダビデも、兄弟の中では一番下の者でした。神さまがサウルの次の王として選ばれた時のダビデは、他の兄弟たちは参加していた祭儀に、父親から加わるにはまだ相応しくないと、祭儀の間羊の群れの世話を命じられていたほど若く幼い年齢でした。そのダビデを神さまは王とされました。そして、神さまがご自分の救いのご計画を成し遂げるためにいつか遣わされるイスラエルを治める王は、この「最も小さな」ベツレヘムから出ると言われています。マタイによる福音書は、ベツレヘムでお生まれになった救い主イエス・キリストにおいて、この預言が実現されたと受け止めています。救い主は、小さく、弱く、脆い、飼い葉桶に寝かされている乳飲み子であると告げます。救い主の到来を待っていた人々が期待していたような、力強さ、特別さを纏う仕方によってではなく、泊まる所も見つけられない親のもとで、ただ一枚の布にくるまれて飼い葉桶に横たえられるという、私たちの意表を突く仕方で救い主は来られたと、預言者が告げた「主の力と、その神、主の名の威光によって群れを治める」方とはこの方だと述べます。この乳飲み子こそ、その民に「安らかに住」むことを得させる「平和」です。「ローマの平和」とは、ローマ側から見た平和でした。次々に征服し、属領とした土地から食糧と税金と、労働力としての住民を調達することによって支えられていた「平和」であり、支配下にある人々の苦しみによって維持されていた「平和」です。その地上に、その人々の間に、神の民を永久に治める方、その支配は終わることがない方が、お生まれになりました。この方の支配は、国境や世の支配者たちの力に阻まれない平和と安らぎを人にもたらします。飼い葉桶を囲むマリアとヨセフに、羊飼いたちにと、順にもたらされてきた主の平和が、私たちにももたらされていることを思います。
神さまに信頼して狭く険しい道を行くよりも、神さま抜きに進み易い道を進もうとしてしまう、神さまの前でも驕り高ぶってしまう罪を抱えている私たちです。立派な玉座と豪華な衣で自分を強く正しく見せる王は、私たちをその罪から救い出すことはできません。救い主は寧ろ、砂埃にまみれ、旅に疲れ、宿泊場所を確保する力も持たない夫婦のもとに来られた方です。この2人が先ず、2人の間に宿られた神のみ子によって、この方の傍という、神さまから与えられた平安に満ちた自分たちの居場所を見出したことでしょう。クリスマスの恵みを、知ったことでしょう。やがて私たちの罪の値を背負って十字架に命を捧げられ、亜麻布にくるまれて石のお墓の中に横たえられ、よみに降り、私たちの罪を贖ってくださる恵みの始まりです。神さまの救いを受けるには全くふさわしくないこの私のためにも、神さまはこの晩救い主をお与えくださった、この方によって罪から救われていると確信するその心に、主イエスをお迎えすることができ、私たちの場所を見出すことができるのではないでしょうか。この恵みを、アドヴェントの残りの日々も感謝しつつ過ごし、次のクリスマスの主日に、1人でも多くの人と共に、主に心からの礼拝を捧げたいと願います。
