「私と私の家は主に仕える」ヨシュア記24:13~15、ヨハネ4:7~15
2025年10月19日(左近深恵子)
ヨシュアは、出エジプトと荒れ野の旅の間、民を率いたモーセの後継者として主によって立てられ、民を導いて約束の地カナンに入りました。ヨシュアに率いられたイスラエルが、その地の民から町を一つ一つ戦い取り、イスラエルの12部族にそれらの地が分割されたことをヨシュア記は伝えています。そして最後の24章では、ヨシュアの告別の演説を伝えます。ヨシュアの遺言とも言えるでしょう。この告別の演説が24章の大半を占め、終わりにヨシュアの死と、エジプトから大切に運んできたヨセフの骨の埋葬が述べられて、ヨシュア記は閉じられます。
ヨシュアは告別の言葉を伝えるにあたって、シェケムにイスラエルの全ての部族を集め、彼らと神のみ前に立って語ったことが24:1に記されています。シェケムはヨシュアの時代のイスラエルの民にとって、信仰と生活の中心の一つであったと思われます。この場所と神の民の関わりは、アブラハムに遡ります。ユーフラテス川の向こう、メソポタミアのハランという町で暮らしていたアブラハムは、「私が示す地に行きなさい」との神さまの言葉に従って旅立ち、カナンの地へと導き入れられ、最初にシェケムに辿り着きました。ここで神さまはアブラハムに現れてくださり、「あなたの子孫にこの地を与える」と約束され、アブラハムは神さまのために祭壇を築いたことが創世記に記されています(12章)。神さまの約束に信頼し、感謝の礼拝を捧げることを、約束の地での歩みの第一歩とした、それがシェケムの地でありました。アブラハム夫婦の後の世代にとっても、シェケムは大切な地となってゆきます。アブラハムの孫であり、神さまからイスラエルという新しい名前を与えられたヤコブは、シェケムの土地の一部を買い取ります(創世記33章)。ヤコブの息子の一人ヨセフはエジプトに奴隷として売られてしまいますが、エジプトでファラオに次ぐ地位にまで上り詰めたことで、カナンの地を襲った飢饉に苦しんでいたヤコブや家族を豊かなエジプトに呼び寄せることができました。カナンの地に戻ることが無いままエジプトで生涯を終えたヨセフは、死の前に家族に“神さまは必ずあなたたちを顧みられる”と、つまり“神さまは必ず約束の地にあなたがたを導き上ってくださることをわたしは確信している”と告げ、その時には自分の骨を一緒に持ってゆくことを誓わせました。出エジプトの際にモーセはヨセフの言葉に従い、ヨセフの骨を携えてゆきました。その骨が、今日の24章の終わりで、かつてヤコブが買い取った地、その後ヨセフ一族の相続地となっていたシェケムの地に埋葬されたのです。
ヨセフ一族だけでなく、他のイスラエルの11部族にとってもシェケムは、神さまがアブラハムをお立てになってからこれまで、自分たち神の民の歴史を振り返り、神さまからいただいてきた恵みを思い起こすのにふさわしい地であったでしょう。24章で全イスラエルをシェケムに呼び集めたヨシュアは、神さまによって導かれてきた神の民の歩みを振り返りますが、同様のことがヨシュア記の8章に記されています。それはイスラエルの民が、エリコの町に続きアイという町も戦い取った後のことでした。周辺の民は、イスラエルの民がヨルダン川を渡り、エリコに続きアイも手に入れたことに恐れをなし、王たちは一致団結してイスラエルに立ち向かおうと結束を強めます。イスラエルを取り巻く状況は一層厳しさを増しています。敵対する勢力の只中で、この地でこの先生き残ってゆくために必死に戦う他ない状況で、ヨシュアはイスラエルの民をシェケムに集め、祭壇を築き、礼拝を捧げます。8章は、そこに集った民の中には、イスラエルの町に寄留する人々も含まれていたことを伝えます。エジプトを出発したイスラエルの民には、イスラエルと共に行くことを願った種々雑多な民も加わっていたように、カナンの地でも、神の民の歩みにとって特別な場所であるシェケムに集い、主を礼拝するイスラエルの民とは、血縁によるアブラハムの子孫たちだけはありません。イスラエルの民をここまで導かれた主なる神に心を開き、イスラエルの民と主に従う生活をすることを願う人々も加わった、種々雑多な民であります。この時ヨシュアは、シナイ山で神さまから与えられた契約の朗読に民と共に耳を傾けました。民は、血縁による結びつきが有ろうと無かろうと、奴隷の地から助け出し、荒れ野の日々を守り養ってくださった神さまの導きを辿り、この神さまによって神さまとの契約に入れていただき、神の民とされていることを新たに覚え、感謝を捧げ、困難も待ち受けているであろうこの地での日々を、神さまのみ心に従って歩む思いを新たにしたのです。
死の時が迫っていることを悟ったヨシュアは再びシェケムの地にイスラエルの民を集めたのです。それぞれの部族が、分割されたカナンの地への入植を開始していた頃と考えられます。この時もヨシュアは最後に民とシナイの山で与えられた契約を確認し、民は主と契約を結びます。ただお一人の神の下に自分たちを置き、この神さまの下で神の民として歩んでゆきますとの契約の下で、それぞれの部族がカナンでの定住生活を始めたのです。
契約に先立ってヨシュアはここでも、神さまに導かれてきた歩みを振り返ります。神さまがどのような方で、どのような関りを自分たちと持ってきてくださったのか知り、この神さまにお応えするために、契約は結ぶものだからです。24:2で「イスラエルの神、主はこう言われた」とヨシュアは語り始めます。神さまが民に「あなたがた」と呼び掛ける言葉として、神さまの恵みを数えてゆきます。それらを通してヨシュアが最も伝えたかったことが、13節で明らかになります。人として生きることができない奴隷の地で苦しんでいた神の民が、この地で土地を得、糧を得ることができているのは、神さまに拠るのである、あなたがたは労せずしてこの恵みを得ているのだと告げたのです。
「あなたがたがは労せずしてこの地を得たのだ」、この言葉は、誰にとっても心ざわつかせるものではないでしょうか。神さまはその前の12節でも、アモリ人の2人の王を追い払ったのは、「あなたの剣によってでも、あなたの弓によってでもなかった」と言われています。13節の後に続けて「あなたがたに、自分で築いたのではない町を与えた。あなたがたはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている」とも言われます。手に入れた町で、以前の住民が植えていたぶどうやオリーブから収穫を得ている状況は確かに至る所であったでしょう。しかしその町を自分たちが戦い取ったのだと、その畑を町に入ってからは自分たちが手入れをしてきたのだと、「労せずして」と言われるのは心外だと思うかもしれません。荒れ野の放浪生活の間は、いつも必要な糧は神さまが天からマナを与えてこられ、畑仕事などしたことがない民にとって、苦労も多かったでしょう。「労せずして」との言葉に、「何もしていないわけではない」「自分の苦労や忍耐を、“労せずして”とは言われたくない」との思いが沸き起こるかもしれません。「人間は他者をなかなか正しく評価できない者だけれど、神さまならば、私のしてきたことを公平、公正に評価すべきではないか」、そのような思いもくすぶるかもしれません。“私が労したからこの恵みを得られたのだ”という思いを捨てきれない心には、「労せずして」との言葉はきつく聞こえることでしょう。
ざわざわする心を鎮めて神さまの恵みの数々を思い起こすと、汗水流して頑張った労働に実りを与えてくださったのは神さまであること、辛い戦いに勝利を得させてくださったのは神さまであること、この地で今労苦しているのは、アブラハム、イサク、ヤコブに告げられた約束を成し遂げ、ご自分の民を再びこの地へと導き入れてくださった神さまの救いがあったからであることに気づかされることでしょう。自分たちの頑張りや労苦に先立って、苦しみの中から叫ぶ声に耳を傾けてくださり、約束を成し遂げてくださった神さまの導きと守りがあったことに、頑張りや忍耐、労苦の一つ一つを自分たちが為し得たのも、そのことに実りがもたらされたのも、神さまに拠ることに気付かされることでしょう。私たちも、自分の手が為して来たことから、神さまからいただいてきた恵みへと目を向けると、私たちの頑張りや忍耐、労苦を、自分のためではなく、主なる神に喜んでいただくために為してきたのかどうか、神ならぬものの下にではなく、罪の支配からみ子の命によって救い出してくださった神さまのお力の下に自分を置いてきたのかどうか、神さまのみ前で問い直すことへと促されます。神さまからのこの大いなる恵みにお応えしたくて労苦し、忍耐をしてきたのなら、その力も、実りも、神さまがもたらしてくださったことに気付かされるのです。
ヨシュアは民に、神さまの恵みにお応えするようにと、「今こそ、あなたがたは主を畏れ、真心と真実をもって主に仕えなさい」と呼びかけます。民が主なる神ではないものを畏れ、主ではないものに仕えてしまう誘惑、あるいは主に仕えていると言いながら、真心と真実をもっては仕えず、他の神々と並ぶ者としてしまう誘惑に晒されている現実があるから、「主を畏れ、真心と真実をもって主に仕えなさい」と呼び掛けるのでしょう。ヨシュアが見据えていた主ならぬものとは、アブラハム夫婦の故郷、ユーフラテス川の向こうの地の民が崇めている神々のことであり、エジプトの地で、ファラオやエジプトの民が仕えていた神々のことであり、このカナンの地の民が仕えている神々のことであります。神の民が、契約による人格的な関りにおいて神さまに仕えることを忘れ、まるで神さまの恵みを保険の保証のように捉え、一つよりも複数の保険に加入していた方が安心といったような発想でこれらの神々にも仕えておこうとするかもしれません。その地での生活には、その地の民が崇めてきた神々の方がより生活に即した現実的で具体的な恵みをもたらしてくれると思うかもしれません。ユーフラテス川の向こうにあっても、カナンの地にあっても、エジプトにあっても、共におられ、語りかけ、導き、守り、養ってこられた神さまの恵みを一つ一つ思い起こし、その神さまをこそ、「今こそ、あなたがたは畏れ、真心と真実をもって仕えなさい」とヨシュアは命じます。遠くの人々が崇める神々に戦いを挑めと言っているのではなく、あなたがたの心に入り込み、生活に入り込んでくる神ならぬものをあなたがたの中から「取り除き、主に仕えなさい」と、呼び掛けるのです。
このヨシュア記は、捕囚の時代に、神さまの導きの内に約束の地に入植し、定着してゆく神の民の歴史を振り返って記されたと考えられています。捕囚の民は自分たちが神さまから契約の民とされ、神さまからこの地を委ねられ、契約で示されている神さまのみ心に従ってこの地を管理する務めを託されていながら、周辺の民が崇める神々に心を向け、神さまの言葉よりも、その神々を崇める大国の力にすがり、利用することで生き延びようとした、そうして神ならぬものに仕えたイスラエルの背きに、神さまが捕囚と言う裁きを下されたのだと、そのように受け止めていました。バビロニア帝国へと、つまりユーフラテス川の向こうへと強制連行された捕囚の民は、バビロニア帝国の民が崇めている巨大な偶像の神々を目の当たりにしています。“バビロニアの神々がお前たちの神に勝利したから、お前たちの都と神殿と王朝は滅ぼされ、お前たちは捕囚となっているのだ”と嘲る言葉に晒されています。この捕囚の民にとっても、「ユーフラテス川の向こう」の「神々をあなた方の中から取り除き、主に仕えなさい」との言葉は、今の自分自身が問われる、重い言葉であったでしょう。
死が迫る中で、ヨシュアは様々な神々を崇める民に囲まれたこの地で、神の民がこの先神さまの恵みにふさわしい歩みを為してゆくことを願って「主を畏れ、真心と真実をもって主に仕えなさい」と呼びかけました。神さまの恵みは主体的な決断を促します。神さまに仕えることにおいて傍観者でいることはあり得ない、神さまと神ならぬものの両方に仕えることもあり得ない、どなたに仕えるのか私たちは決断が求められているのだと。この決断を民に求めるだけでなく、ヨシュア自身が「私は主に仕えます」と言います。ヨシュアは「私は」と言うだけでなく、「私の家」も主に仕えると宣言しています。「私の家」とは、ヨシュアの属する部族を指すのでしょう。この道が進むべき道だと確信しているから、大切な人々にもこの道を行くことを求めずにはいられないのだと、彼らも一人一人主体的な決断をもって主の恵みにお応えすることを願わずにはいられないのだと、そのように聞こえます。死の時を思いながら、「仕えてきました」ではなく「仕えます」と述べています。神さまに仕える歩みに卒業は無いのだと、命の終わりまで仕え通すことを宣言し、自分の部族がこの歩みに続くことを願うのです。
主イエスが井戸の傍でサマリアの婦人と交わした言葉を先ほど聞きました。ユダヤの民の指導者たちがご自分に敵意を募らせていることを耳にされた主イエスは、一旦ユダヤ地方を離れて故郷であるガリラヤ地方へと向かっていたところでした。ユダヤからガリラヤに向かう途中にあるサマリアを避けてゆくのが、ユダヤの民にとって当たり前のルートでした。イスラエル王国が紀元前10世紀に南北に分裂して以来、イスラエルとサマリアの間には溝が深まり、主イエスの時代には、ユダヤの民はサマリアを通る道は用いなかったのです。そのサマリアを主イエスは敢えて通っておられます。その途上、疲れを覚え、井戸の傍で休憩されます。そこは、ヤコブが購入し、ヨセフ一族の相続地となったシェケムと思われます。その井戸は「ヤコブの井戸」と呼ばれています。この地も井戸も、サマリアの人々にとっては自分たちがヤコブ、ヨセフの流れを汲む地の民であることの証でありました。正午頃、1人のサマリアの婦人が水を汲みに現れます。人目を避けて最も暑さが厳しいこの時間に水を汲まなければならない境遇の女性です。疲労の中にあっても主は、ユダヤの民が憎しみを向けるサマリア人であり、仲間たちの目を避けなければならない生活をしてきたこの人に、真の救いを告げる労苦を厭いません。ヤコブこそが最も偉大な人物であり、ヤコブの地に生き、ヤコブの井戸から水を得ることが自分の生命線であると思って生きてきたこの人に主は、この井戸の水は飲んでもまた渇くけれど、ご自分が与える水は決して渇くことが無く、その人の内で泉となり、永遠の命に至る水であることを告げます。婦人は主イエスの言葉を聞くうちに、「私は、キリストと呼ばれるメシアが来られることを知っています。その方が来られる時、私たちに一切のことを知らせてくださいます」と主イエスに言い、主から「あなたと話をしているこの私が、それである」と言われると、水瓶を置いて町に行き、人々に「さあ、見に来てください・・・この方がメシアかもしれません」と告げます。ヤコブの井戸から水を汲めることが自分の存在と命の最後の砦のように思って来たこの人は今や、ヤコブの井戸の水から得られるもの以上の生きた水を知り、水が沁み出てくるだけの井戸以上の、永遠の命に至る水が溢れ出る泉を知り、ヤコブに遥かに勝る救い主を人格的な交わりを通して知り、これまで避けて来た町の人々の中へと向かってゆく決断をすることができ、町の人々を自分にとって大切な自分の民と思うことができ、この大切な人々に救い主の到来を知らせたいと願うことができ、“私がお会いして自分で知ることができたように、あなたがたもこの方にお会いしてあなたがた自身でこの方がどなたであるのか知るべきだ”と促す勇気を持つことができたのです。
私たちも礼拝の度に、神さまからいただいてきた恵みを数えます。神さまの独り子が救い主となられ、私たちを人として生き抜くことを阻む罪の悲惨さから救い出してくださった神さまに、私たちも、「私と私の大切な人々は主に仕えます」と、感謝と喜びをもってお応えすることができるのです。
