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苦しみは罪のためか

2024.1.28.主日礼拝

ヨブ39:25-27、ルカ13:1-5

「苦しみは罪のためか」 浅原一泰

 

角笛が鳴るたびにいななき、遠くから戦いの臭いを嗅ぎつけ、将軍の怒号と鬨の声を聞きつける。

あなたの分別によって、はいたかは羽ばたき、南に向かってその翼を広げるだろうか。あなたの命令によって、鷲は舞い上がり、高みにその巣を作るだろうか。

鷲は岩に宿り、切り立つ岩や砦の上で夜を過ごす。そこから獲物を探し、その目は遠くから見定める。その雛は血をすすり、死骸のある所にいる。

 

ちょうどその時、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことを、イエスに告げる者たちがあった。イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのすべてのガリラヤ人とは違って、罪人だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるほかのすべての人々とは違って、負い目のある者だったと思うのか。決してそうではない。あなたがたに言う。あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。

 

 

「先生、この人が生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか」(ヨハネ9:2)。

これはたまたま通りすがりにイエスと弟子たちが生まれつき目の見えない人を見かけたとき、弟子たちがイエスに尋ねた問いである。失敗やそれに付随して重大な過失が起こってしまうと、政治の世界でも経済界でも、この世ではよく「再発防止」ということが叫ばれる。そのためには原因を究明し、なぜそうなったのかを検証して、そのような事故が起こらないように未然に防ぐことが求められる。というよりも、本当に再発防止のために全力を尽くすかどうかはさておき、取り敢えず「我々は然るべき対策を講じた」という、世間に対して納得してもらえるような説明というか報告が求められ、本気で再発を防ぐことよりもまず、世間からのそう言った要求に応えることに四苦八苦しているように思う。

旧約聖書の律法がユダヤ人たちの社会の規範となって以来、それはイエスが世に生まれるよりも遥か昔からのことであったが、病気もその患者が罪を犯したためであるとされていた。律法に背いている者はそのような社会から疎外されて行ったことは想像に難くないが、明らかに律法に背いている罪人や徴税人はもちろんのこと、病人たちもその対象に入っていた。病気は本人の罪であるはずがないのに、である。先週、高熱を出して礼拝を休んだ私は当時であれば社会から追放されていたことであろう。

 

祝福される者は誰であり、呪われる者は誰であるのか。救われる者はいかなる人々であり、救いに入れられない者はどのような者たちであるのか。聖書に記された神の言葉の一部だけを拡大解釈し、それを錦の御旗の如くに仰ぎ奉る人間たちは常にそのような線引きに必死になっていた。イエスの時代で言えば長老、祭司長、律法学者やファリサイ派たちがその代表格であり、中世の教会であれば魔女狩りであるとか異端と疑わしき者たちを調べ上げて火炙りの刑を処していった当時の教会の指導者たちがそれに当てはまると言って間違いないだろう。21世紀の今も世の中に漂い続ける空気、つまり原因を解明し、犯人を特定し、諸悪の根源を突き止めようとするあの風潮は、イエスの弟子たちの心をも蝕んでいた。世の流れに逆らうことができず、その術も知らずその心意気もまだ持てていなかった彼らが、生まれつき目の見えない人を見るや否や原因の追究を始めたのも無理からぬことであったと思う。しかしイエスは、そのような風潮が漂うこの世に、「神の国」をもたらすために世に来られた。地上においてイエスが語った宣教の第一声は、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい」という言葉であったと、最も古くに書かれた福音書の中でマルコがそう伝えている(マルコ1:15)。イエスが言葉で、また行いや奇跡の業を通してこの世にもたらし始めた神の国。それは迷い出ていない99匹をほっぽらかしにしてでも、迷い出てしまったたった1匹をどこまでも探し求める世界であった。右の頬を打たれたならば左の頬をも差し出し、上着を奪い取る者には下着をも与えて、憎しみや敵意に何の意味もなくただ空しいだけであることを身をもって分からせる世界であった。つまりそこには、誰が救われ誰が滅びるか、などという線引きは何の意味もなさない、この世で最も小さく、貧しく、それ故にこそ疎外されている、そのような者こそが迎え入れられる世界、それがイエスが伝える神の国であった。そうであるからこそ、生まれつき目の見えない人をめぐって「これは誰が罪を犯したからか。本人か、それとも両親か」という、先ほどの弟子たちの問いに対してイエスはこう答えを返している。

「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。私たちは、私をお遣わしになった方の業を、昼の間に行わねばならない。誰も働くことのできない夜が来る。私は、世にいる間、世の光である」(9:3-)と。だからこそイエスは、敢えて徴税人や罪人のもとを訪ねて食事を共にしたのである。足の不自由な者を癒して立ち上がらせ、病の床に伏していて息を引き取ったかに見えた病人たちを何人も目覚めさせて起き上がらせ、またこの生まれつき目の見えない人に対しては、安息日を破ってまでして彼の目を見えるようにし、神の愛とは無縁の文字に書かれた決まり事だけで善悪を決めつけていた歪んだ社会から彼がはじき出されることになっても、誰よりもイエスが彼に歩み寄り、彼に自らと出会わせ信仰を告白するに至らせるのである。

 

年が明けて間もなく、能登半島一帯を襲った大地震によって犠牲者は200人を遥かに越え、また多くの住民の方々が家屋を失い、不自由極まりない避難所生活を強いられている。故郷で新年を迎えていたある家族の父親だけはたまたま外にいて助かったが、家の中にいたその妻と子供たちが皆下敷きとなって犠牲になってしまったことを知ったその父親の悲しみと憤懣やるかたない呻きにも近い悲痛の声をテレビで耳にした。「私たちが一体何をしたというのか。家族に何の罪があると言うのか。」涙ながらにその父親はつぶやいていた。まるでイエスの弟子たちの追求を知っていたかのような、それが自分にも向けられていると感じているかのような、その父親の叫びであった。もちろん「神の業が現れるためだ」と答えたイエスの言葉を彼は知らないだろう。そして主イエスは、愛する家族を失い絶望に打ちひしがれている彼に向かって、そのような言葉を無神経に語りかけることなどは決してなさらないだろう。

 

さて先ほどは、ルカの福音書から御言葉を与えられた。イエスの評判を聞いて数万人もの群衆がイエスのもとに集まって来ており、弟子たちを始め、群衆にもイエスが教えを説いておられた時のことである。群衆の中のある者たちが、ガリラヤのある人間たちを時のローマ総督ピラトが捕えて処刑し、その血を自分たちがエルサレムの神殿にささげるいけいえに混ぜたことをイエスに伝えたと言う。これについては全く事の真相は分からないし、そういう事実があったことを伝える他の文献も一切ないので、全くの秘密のヴェールに包まれた話である。ただイエスは、先ほどの生まれつき目の見えない人を巡って原因を突き止めようとした弟子たちのように、この話を告げた連中も、処刑されたガリラヤ人たちはとんでもない罪を犯していた悪人であり、だからそのような目に遭ったのだ、と決めつけたがるあの風潮に蝕まれていたことを見抜いていたようだ。だからこそイエスは彼らにこう答えている。

「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのすべてのガリラヤ人とは違って、罪人だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるほかのすべての人々とは違って、負い目のある者だったと思うのか。決してそうではない。あなたがたに言う。あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」

 

ピラトによって命を奪われたガリラヤ人たちが、生き残った者以上に罪を犯していたわけでは絶対にない。エルサレムのシロアムの塔が倒れてその下敷きになった犠牲者たちも、他のエルサレムの住民たちよりも罪深かったわけでは絶対にない。冒頭に紹介した、能登地方を襲った地震で崩壊した家屋の下敷きとなり、しばらくは身動きできないまま救助を待ち続けるしかなかったけれども救助が間に合わずに息を引き取らざるを得なかった犠牲者は、地震そのものの犠牲となった方々よりも多かったかもしれない。いずれにせよ地震のために帰らぬ人となった犠牲者たちが、生き残った方々よりも、或いはたまたま被災地以外の地に住んでいるだけで災害を免れただけの私たちよりも罪を犯していた、というわけでは絶対にない。もちろん私たちもそう思っている。13年前に東日本大震災が起こった時、心ない政治家がこれは驕り高ぶった日本人に対する天罰だ、と発言して物議をかもしたことがあったが、震災に遭ってもいない部外者の人間が、犠牲となった方々や、愛する者を失った悲しみが癒えない中にいるご遺族のことを省みずによくもそんなことが言えたものだ、と腹が立ったのは私だけではないだろう。ただしかし、犠牲者たちは何の罪もないのに命を奪われたと分かってはいても、その次に我々は何を思うのか。その死を悼み悲しみつつも、二度とこのようなことが繰り返されないで欲しいとか、家を失い苦渋の生活を強いられている方々に一刻も早く元通りの平穏な暮らしが取り戻されるようにとか、そのようなことしか考えられない。そういうことしか考えられなくなってしまっているのではないだろうか。先ほどの聖書において、当時のイエスの周りにいた群衆に向かってだけでなく、そういう私たちに向かってもイエスは、「悔い改めなさい」と求めていたのではないだろうか。「時は満ち、神の国は近づいた」という宣教の第一声の直後にイエスが語ったのも「悔い改めなさい」であった。イエスは我々に何を、どう悔い改めろと求めているのだろうか。

 

先ほど旧約からはヨブ記の一節が読まれた。ご存じの方も多いと思うが、ヨブは神が人となったイエス・キリストを除けば、おそらく聖書の中でも最も正しく生きた義人である。神を信じ、隣人を愛し、弱者や貧しい人たちに対する慈しみと思いやりを決して忘れず、自分を差し置いてでもその人たちのために手を差し伸べ続けていたヨブにある日ある時、二度にわたって想像を絶する苦難が襲いかかる。彼が従えていた家来たちと大量の家畜の全てが盗賊に襲われて命奪われ、予期せぬ自然災害によって十人いた子供たちは一瞬の内に帰らぬ人となってしまう。更にはヨブ本人に悪しき皮膚の病が襲いかかり、全身の皮膚が破れて穢れた人間へと落ちぶれてしまった彼は社会から追放されてしまう。それでもヨブは神を恨まず、「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と語り、彼の苦しみを見るに堪えられない妻に対しては「我々は幸福を神からいただいてきたのだから不幸をもいただこうではないか」と諭して神を呪うことは決してしなかった。しかし、である。「罪を犯して来なかった私になぜ神はこのような苦しみを背負わせられるのか」とヨブは悩み苦しみ、「正しい者もそうでない者も変わることなく不幸を背負わせるのなら、そのような神は正義に関心などない方なのではないか」と迷い始め、神の正義を信じてどこまでも神への従順を貫きたいと決意していたヨブはその時から遂に神に対する姿勢を変えるのである。良きも悪しきもみな神の御心と無条件に、時に諦めにも近い思いでただ受け入れるだけの信仰は、神に対して不誠実な態度なのではないのか。そのような思いに至ったヨブはその時より、「神様、なぜそのように正しい人間が不幸に見舞われる悲劇を見て沈黙しておられるのですか」と、「なぜ罪もなき善良な人々が生きる苦しみにあえいでいるのに対して、欲の深い悪にたけた連中は涼しい顔をして優雅な人生を送れているのですか」、「なぜ答えて下さらないのですか」と、死を覚悟してまで必死に神に食い下がり、神との対話を求めてやまない信仰へとヨブは姿勢を変えるのである。祈っても、誠実に訴えても、どんなに粘り強く食い下がっても神はヨブに答えない。しかしヨブが諦めかけたその瞬間、ヨブの予想を覆して神は答えた。苦しみや不幸と罪には何の因果関係もないことを。「馬やはいたかや鷲が、戦いで乱暴を働いても責められず、弱い生き物を食い荒らしても誰からも責められず堂々としていられるのは、彼らが正しいからではない。彼らが罪を犯していないからでもない。それは自然の摂理なのだ」。ヨブよ、猛獣の世界もそうであるように、人間の世界からも決して矛盾や不条理はなくならない。しかし猛獣と違ってヨブよ、神の似姿であるあなたがた人間には善を愛するモラルがある。苦しむ弱者たちのために祈らずにはいられず手を差し伸べずにはいられない正義感があるではないか。予期せぬ自然災害や戦争などの世の矛盾を理由に、この現実世界に望みを失い諦めるのではなく、むしろ矛盾に満ちた世界だからこそ愛し合い信じ合い、助け合って生きる人間らしさを失わないでくれ、との神の切なる訴えをヨブは物語の最後になって受け止め、心を入れ替える。また不幸のどん底にいたヨブの境遇を神は一変させて彼を祝福で包まれこの話は終わっている。

 

 

「悔い改めて欲しい」と当時の群衆に、そして今の矛盾に満ちた時代に生きる私たちにイエスが求めているのは、このことなのではないだろうか。苦しみや不幸をその人の罪や悪しき行いのせいだ、と決めつけて終わらせたり、「気の毒に」で片づけてしまう世の風潮にどこまでも抗い続け、決して呑み込まれずに、罪のために苦しみがあるのではない、誰よりも神がその苦しみを背負っておられる、必ずやそこから立ち上がらせる道を切り開いて下さる、そのことをその人の分まで信じて祈り続ける、それが神の本心かどうかが分からなければどこまでも、ヨブのように神に訴え問い続けて、決して神と向き合うことを諦めない。予期せぬ災害が押し寄せることで幕が明けたこの年、被災者たちを覚えながらこのような信仰へと目が開かれることを共に祈り求めつつ、どのような状態に追い詰められようとも、一人一人を決して諦めずに見つめ続けておられるイエスの眼差しに答えて歩む者へと整えられたい。